Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

事件事故に見る危機意識

2014-09-28 16:01:21 | 社会・経済
大変な事が起こった。当地よりそう遠くない、岐阜・長野県境の木曾御嶽が突然の噴火。日中の発生だった事もあって、入山中の登山者多数。前兆が殆ど
なかった事が不運。行政共々、この事態を事前に察知できず、高温の噴煙に巻き込まれ、遭難された可能性のある方々が相当数に上る様だ。
分っているだけで、重軽傷数十名。連絡が取れず、安否不明の各位も少なくない様で、更なる噴火の恐れも考えられ、各県警察や消防、自衛隊による救助活動は
、慎重にならざるを得ない状況だ。前回の目立つ噴火、1979=昭和54年のそれよりも明らかに規模でも上回る様で、ほぼ予測不能だっただけに、入山され
た方々を決して責めてはならず、被害が少しでも軽い事を祈る一方、二重事故の危険にも配慮して、無理のない救助活動をお願いしたい。昨今の山ブーム
と、登山の為の交通アクセスの改善で、入山の各位に、防災救難の基本たる、登山届の不徹底など幾ばくかの油断があった様なのも事実だが。
これから入山を志す方々には、今回の事態を良く把握して次回の安全策に活かす努力を願い、又、気象庁を初めとする行政には、此度の突然の噴火を良く
検証し、もし今後、類似の事態が生ずる様なら、必ず教訓として生かせる様、精度の高い観測予測の態勢を目指して頂きたいものだ。又、現地周辺は高原
野菜の産地もある様で、農業被害が少なからぬ事も懸念される所。

話は変わる。俺にとってのもう一つの思い出の地、神戸市内で先日生じた、女子小学生の不審死も遺憾だ。切断された遺体で見つかり、物証などから近くに在住の、
40代の男性容疑者が逮捕された。逮捕後数日を経た現在も、容疑につき黙秘しているとされ、又、心理面での障害の可能性も指摘される様だが、その一方
で、犯行に繋がる主な証拠の隠滅を図った形跡もある様で、担当の兵庫県警には、どうか粘り腰の捜査姿勢を貫徹し、事件解決に繋げて頂きたいもの。
容疑者は、心身耗弱などを理由に、無罪を主張する可能性も考えられ、事実の残忍さと重大さ、それに証拠隠滅を図った可能性の悪質さを考えれば、最低
でも有罪とされなければ、落命した女子小学生の霊が浮かばれないであろう。一言弔意と共に、事件の望ましい解決と犯人の適切な処分を求めたい。

その事を踏まえるとして、やはり日中とは言え、幼女の一人歩きと言う事自体がちと異常なのではあるまいか。2~3年前の事だが、11月の暮れ始めた夕刻
、居所の近所で車上にて信号待ちをしていたのだが、その時言葉を失う光景に遭遇したものだ。何と、小学校入学前位の女児が、もう暗くなり始めた歩道も
ない路地を、一人で歩いていたのである。全く、こいつの親は何を考えてるんだか、と一時唖然となってしまった。正に、深刻な交通事故や、突然の連れ
去り事件に遭遇しても仕方のない状況であった。

想えば、事件の舞台となった神戸市長田区のエリアは、前世紀終盤に阪神・淡路大震災で地元の住民の繋がりが壊され、その事が他地域の人間の流入を
容易にしていた事も考えられよう。その事が、やはり以前よりもこの地域の治安を悪化させていた事は考えざるを得ないのではないだろうか。被害者
側の隙などを問題にするのは慎まなければならない事だが、やはり親御様やご親族は、被害者を一人で出歩かせるべきではなかったのではと心得る。
幼少者が巻き込まれる凶悪事件の多くが、学校や幼稚園などの下校帰宅時に多い事実も考えられなければならない。本当は、近親者が絶えず寄り添って
いるのがベストだが、どうしても無理なら、GPS携帯を持たせるとか、こども110番など近所で助けを求められる場所を予め決めておくなどの対策が取られ
るべきだろう。逮捕された容疑者を含め、事件エリアにても、不審者の情報は事前に流れていた様で、その事に、幼少者の近親各位はもっと敏感になり、
或いは最悪の事態も視野に入れて普段より対応すべきだと思うのだが。

それと同時に、殺傷などの凶悪事件を起こす可能性のある不審者の情報をもっと掘り下げて警察と地域で共有し、安易に犯罪行動に走らせない監視活動も
場合によっては必要だろう。もう欧米の相当の国々で実行されている様だし、凶暴な外国人も入り込んでいる現在では、かつての様な悠長な対応は通用
しないのではないか。それに加えて我国では、個人の尊重の観念が誤った形で幅を利かし、凶悪犯罪人にまでプライバシーの不適切な尊重を口走る輩が
いるのも遺憾な事だ。こうした前科や、大きな可能性のある者は、普段より地域レベルで警戒されても当然ではないか。落命した女子小学生は、一面では
「無関心の犠牲」となった所も大きいのである。これまでの施政を変え、明らかな不審者には官民を挙げて、日常より監視の態勢を作る努力をしなければ
ならない。日本国憲法は「平和憲法」と、護憲原理勢力や短絡的人権勢力は良く持ち上げるが、それは女性や子供達が安心して過ごせる、安全な地域社会
が確立された上での話だ。戦後、凶悪事件の件数は一応減少し、これらの連中はその事ばかりを強調するが、肝心の凶悪の質的度合いは、外国人犯罪増加
もあって、むしろ深刻化しているのだ。データの勝手な解釈と受け止めはもういい加減にやめてもらいたい。

今回画像は、昨秋訪れた木曾御嶽の麓、長野県大滝村の様子。穏やかな晴天にも恵まれ、かつての林業を支え、今も一部が保存される木曾森林鉄道の、
数年に一度の公開運転の模様です。この時、向こうに聳える御嶽の頂きより、僅かだが水蒸気の様なものが出ていたのに気がつかなかったのは、今思うと
迂闊だったのは事実です。
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古くて新しい感染症の事

2014-09-21 07:25:31 | 日記・エッセイ・コラム
各位お早うございます。俺は昨日より、首都圏の悪友らと共に新潟入り。写真の傍ら、あるいは今年最後かも知れぬ、新潟磐越にての交流に充てている所。今日は、午前中まで新潟辺りを巡り、午後 名古屋へ帰るつもりであります。

海外にては、英国北方のスコットランド独立の是非を問う住民投票が遂に実施され、僅差で スコットランド住民積年の夢だった独立は、ひとまず見送りと相なった。有望な北海油田、何よりも、英国屈指の名産 スコッチ・ウィスキーの聖地。これらのもたらす経済力を武器に、独立志向勢力は300年を超える懸案実現を図るも、英王国連邦の国際的影響力の保持や、国際経済・安保問題への対応もあって、今回は連邦存続という判断となったのだろう。勿論、歴史は生き物。10年、20年後には今回の決定は、或いは覆っているかも知れず、その辺りは引き続き注目と言う事だろう。前置きはこの辺で。

さて国内。雨がちだった先月の盆明け辺りより、東京都内にて、これまで我国内にては目立つ流行のなかった(限定的には、昭和中期に国内症例がある模様)、南方に多いとされる、デング熱の症例が見られるのは気になる所。患者を刺して吸血した蚊が媒介するとされ、昨日までで140人を超える感染者を数えている様だ。この各位は、いずれも海外渡航のご経験がない由だが、考えて下されたい。今の我国内には、前世紀とは比較にならない位、多くの外国人旅行者らが入国して来ているのだ。もし、目立つ症状がなければ、デング熱の感染が見逃され、その方を刺した蚊が、周囲の住民に移す事態は「あり得ない事態」ではないのではないだろうか。

確かに、厚生労働省以下の行政や、病院などの医療機関の対応は、決して十分とは言えない。特に後者の、的確な診断ができないケースがあったのは問題だろうし、薬の処方を誤れば重症化があり得る事を考えれば、今後はなくさなければならない。しかし同時に、我々国民市民のレベルにても、こうした病気への警戒を新たにする必要がありはしないかと言う事だ。

もう昭和の末期辺りより地球温暖化が指摘され、元々は南方の病気が、我国本土でも見られる可能性が囁かれていはした様だ。生態系でも然りで、我々の周囲でも、昭和期の夏には普通にいたアブラゼミが大きく減り、代わって、九州辺りまでしか生息していなかったクマゼミが、少なくとも本州南西部では、ありふれた虫と化してしまったのである。これは、此度の感染症問題とも決して無関係ではないだろう。

東京都内で、今回のデング熱に感染したのは、その多くが医療知識に疎い、若い世代だった。国際交流の進展に伴い、我国内でも、この様な健康問題が、今後も続いて生じ得る事を考え、警戒心を養う、早い段階からの教育啓蒙が必要と思うがどうだろう。

今回画像は、先月の下旬、滋賀県下の琵琶湖西岸にて捉えた、大阪対北海道を結ぶ夜行長距離特急「トワイライト・エクスプレス」の、上り便大阪ゴール
直前の模様。不順な天候を乗り越え、健気に色づく稲穂を眺めながらの、ほぼ30分の遅れを取り戻しての力走には感銘を受けた次第。
高レベルで充実した内装は、海外よりも好評だった様だが、残念ながら再来年春に迫った北海道新幹線の開通に伴い、それを待たずに近く使命を終えよう
としています。
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大失態 三連発!

2014-09-14 14:50:15 | 社会・経済
これまで、この我国有数の大手メディアの問題に触れる時は、同社の名誉をも考え、伏字として参ったのだが、今日を限りにそれをやめる事にする。
ご存じ、朝日新聞の大誤報問題である。

遠く1982=昭和57年の、先の大戦中の所謂「慰安婦」問題に端を発し、同じく先の震災にての東電福一原子力発電所事故における、当時の所長の職員
避難対応を巡る誤った報道、及びそれらについての、同新聞の謝罪不足を指摘された人気報道家記事の、一方的な連載一時見合わせとその無様な撤回
などについてである。全くこれが、世界に冠たる我国の、主要メディアのやる事か?と声を上げたくもなるものだ。この一連の不祥事につき、鮮度落ちは恐縮だが、これも人気の報道家 櫻井よしこさんの先日のご見解を引用して、見て参りたい。


『反省なき朝日の ダブル吉田ショック』(2014=H26,9/4付)

「朝日新聞」が「ダブル吉田ショック」に見舞われている。責任あるメディアとして朝日がこのダブルショックから立ち直るには、相当の覚悟と努力が要るだろう。

吉田ショックの第1は、慰安婦問題の元凶 吉田清治氏の虚偽発言だ。旧日本軍が女性たちを強制連行し慰安婦にしたという事実無根の吹聴した吉田氏を、朝日が大きく取り上げ、その嘘を実に32年間放置した。嘘は韓国や中国に利用され、アメリカで慰安婦像の建造が続く中、遂に朝日は8月5日、6日、吉田証言は虚偽だった、記事16本を取り消すと発表した。32年間の頬かぶりの末に、虚偽だと認めざるを得なかった。これが第1の吉田ショックである。

第2の吉田ショックは、東京電力福島第一原発の吉田昌郎所長と東電社員らにまつわる歪曲報道の発覚である。

朝日は5月20日、非公開の政府事故調査・検証委員会による吉田所長の調書をスクープし、朝刊1面トップで「所長命令に違反、原発撤退」「福島第1所員の9割」などの見出しで報じた。「2011年3月15日朝、第1原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10km南の福島第2原発へ撤退していた」との内容だ。

命令違反と断じた根拠として朝日は、「本当は私、2F(福島第2原発)に行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず、線量が低い
ようなところに1回待避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」という吉田所長の証言を引用している。

2面では、「担当記者」の木村英昭氏が「再稼働論議、現実直視を」として「暴走する原子炉を残し、福島第一原発の所員の9割が現場を離脱したという事実をどう受け止めたら良いのか」「吉田氏は所員の9割が自らの待機命令に違反したことを知った時、"しょうがないな"と思ったと率直に語っている」と書いた。

『朝日報道で評価一変』

「命令違反」で「現場を離脱した」無責任な東電社員や下請け企業の従業員らが動かす原発など信用できない。再稼働は許さないという強い意思が読みとれる。
同じ紙面の他の記事も、「待機命令に反して所員の9割が福島第二原発へ撤退」という表現を繰り返し、しかし、東電はこうしたことを報告書に記さなかった、「幹部社員を含む所員9割の、命令違反の事実は葬られた」と報じている。

朝日報道は、国際社会の評価を一変させた。原発事故に対処した人々はそれまで、困難なミッションに果敢に立ち向かった勇気ある人々として世界中で賞賛されていたのが、「実は逃げていた」「福島の原発は日本版セウォル号(今春 大韓民国近海で海難事故を起こした大型貨客船)だった」などと蔑まれ始めた。

こうした中、8月18日、産経新聞も調書をスクープし、朝日報道を真っ向から否定した。「"全面撤退" 明確に否定」「命令違反の撤退なし」など、朝日とは正反対の見出しで報じたのだ。

吉田所長に長時間取材して「死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発の500日」(PHP研究所)を書いた門田隆将氏は、現場を取材すれば、命令違反で所員が逃げるなどあり得ないとわかると強調する。

過日、雑誌「正論」誌上の鼎談で同氏はこう述べた-「NHKにしても共同通信にしても原発に食い込んでいる記者、ジャーナリストは朝日報道が嘘だとわかっていました。現場の人たちはもちろん、そうです」。
同じ吉田調書に基づきながら、なぜ両紙の報道は正反対になるのか。産経を読むとその理由が明らかになる。朝日は吉田所長の発言の一部しか伝えていなかったのだ。たとえば、朝日が引用した前述の「本当は私、2F=福二原発に行けとは言っていないんですよ」の発言の後、吉田所長はこう質問されている。


-所長の頭の中では1F=福一原発周辺で待避せよと・・・。

吉田所長は次のように答えた。

「線量が落ち着いたところで一回待避してくれというつもりで言ったんですが、考えてみればみんな全面マスクしているわけです。何時間も待避していては死んでしまう。よく考えれば2F=福二原発に行った方がはるかに正しい」
2Fの選択を正しいと評価しているではないか。所長は憤然と語る。

「逃げていないではないか。逃げるんだったら言えと。本店だとか官邸でくだらない議論をしているか知らないですけども、現場は逃げていないだろう」

所員が自分の命令に違反して撤退したなどとは、所長は全く考えていない。それどころか繰り返し、彼らの勇気を讃えている。福一原発3号機の爆発直後、所員を危険な現場に送り出さざるを得なかったときのことだ。

「注水の準備に即応してくれと、頭を下げて頼んだ。本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」

『日本人非難を旨とする』

朝日、産経両紙の報道を読めば、どう見ても、吉田証言を途中で切って命令違反だと結論つけた朝日よりは、吉田証言の全体像に基づいて命令違反はなかったとした産経のほうが信頼出来る。
朝日の手法は歪曲報道の典型である。全体像の一部を切り取って、そこだけ拡大して報道すれば、事実とかけ離れた内容になり得る。この種の歪曲はしてはならないと、記者は早い段階から通常は教わるものだ。

政府はこれまで吉田調書を非公開としてきたが、2つの新聞が既に報じたことから、9月にも全文公開に踏み切ると発表した。

命がけで危険な作業を担った東電福一原発所員を不当に貶める朝日報道の実態は産経報道が明らかにしたと思うが、調書全面公開で朝日の歪曲報道はより鮮明になる可能性がある。朝日にとって第2の吉田ショックであろう。

2つの吉田証言を巡る朝日流報道に共通するのは、「日本を不当に貶めている」ことだ。事実を出来る限り公正に報ずるというメディアの責任を放棄して、日本と日本人非難を旨とする反日イデオロギーに凝り固まっているのではないかとさえ疑わざるを得ない。

さて、もうひとつの吉田所長の重要証言にも注目したい。彼は、巨大地震に襲われてから津波が押し寄せるまでの56分間、福一原発には水漏れも機器の損傷もなかった、異常が発生すれば警報が鳴るが、それもなかったと明確に語っている。これは、既に解散した国会事故調査委員会の田中三彦元委員など一部の人々が、地震で配管が破断したと主張してきたことを全面的に否定するものだ。福一原発は地震にも耐えられなかったとして原発反対を唱える人々の主張は、現場にいた吉田所長の証言によって否定されたわけだ。政府の吉田調書全面公開を待ちたいと思う。

櫻井さん、多くの重要な資料を有難うございます。原子力発電所事故に関する事共と、再稼働の是非について若干の見解相違がない訳ではないが、朝日新聞の報道姿勢の不良さの所は見事に代弁されており、改めて感銘を新たにしている所。「日本及び日本人への不当な非難」の下りも、あながち大袈裟ではないだろう。最早「ミス」とか「失態」などのレベルで済む印象ではなくなっており、慰安婦報道問題をメインに、確信犯的悪意さえ感じられる有様だ。

この他更に、やはりTVなどで高支持を集める報道家 池上 彰さんの朝日連載を、同氏が少しでも批判的な見解をお示しになると「連載見合わせ」を通告したりなど、低劣で粗雑な対応が目立つのだ。これには、ネットを初めとして「報道機関が『言論の自由』を締め付けるとは何事だ!」との非難が多数寄せられ、結果 池上さんの連載は続行が決まった様だが、同氏は「謝罪が遅過ぎるのではないか」と率直に不満を表された様だ。

不良な政党の「解党的出直し」の表現が、今の朝日にはそのまま当てはまるのではないだろうか。それこそ「解散的出直し」で、一部の関係者による密室的作業で行われたとした思えない、これらの歪曲報道を糾し、必要な関係者の処分を断行するのは当然だろう。何しろこのメディア、我国と日本人そのもののの尊厳を大きく損ね、外交面でも天井知らずの大損害を生じているのだ。「万死に値する」とはこの事だ。

今回の画像は、浜名湖付近を行く東海道・山陽新幹線試験列車「ドクター・イエロー」の勇姿。身近な憧れにして、暮らしと旅の大動脈たる新幹線の安全を守る防人として、多くの愛好者や乗客の皆様より敬愛されているのは良く知られる所。「見た者は幸せになれる」との喜ばしい言い伝えの一方で、今こそ「日本が危ない!」と訴えている様に感じられる、もう一つの主張にも真摯に耳を傾けたい所です。
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お初に、お目にかかります

2014-09-07 20:43:13 | 日記・エッセイ・コラム
コナサン、ミンバンワ!Gooブログの皆様にはお初です。OCN「ブログ人」より引越しましたHAKASEと申します。
これからどうか、宜しくお願い致します。又、ブログ人の時より通読下さっている各位には、改めまして。

先月後半よりの、雨がちの不順な天候もようやく先が見えた様で、今日々中は、暑い中にも爽やかな晴天に恵まれた当地名古屋であった。買い物や洗車などの雑用をこなす傍ら、先の見えた「ブログ人」よりの引越しが一応できたかなと言う所。引越しと言えば、これまで己が進んで来た方向を見直し、必要な改変を加える好機である事は理解しているつもりだが、とりあえずは「ブログ人」の頃よりの立場を基本維持しながら様子を見て参るつもりであります。

さて、今日の地元紙 C新聞の「視座」と言うコーナーに、社会学者 浜 矩子(はま・のりこ)さんのご見解が載ったので、以下に引用しながら、この所の政治社会の様子を見て参ろうと思います。

「取り戻したがり病が怖い」

エボラ出血熱にデング熱。怖い病気が流行る。人間の体が思わぬ形で危機にさらされている。
思えば、危機にさらされているのは、どうも、人間の体だけではなさそうだ。人間の心も、得体の知れない流行り病(はやりやまい)によって健全性を損なわれつつある。そのように見える。
この心の病を命名すれば、それは「取戻したがり病」である。
この病は、主に国々の政治を主導する立場の人々を襲う。今はグローバル時代。国境なき時代だ。ヒト・モノ・カネが、国境を無視して得手勝手に移動する。国境が無視されるということは、国家が無視されることにつながる。
ヒト・モノ・カネに無視されてしまえば、国家は権威を失う。役立たずだと見なされる。国民から見放されてしまう。
そうなっては大変だ。存在感を取り戻したい。求心力を取り戻したい。国民の信頼を取戻したい。何が何でも取り戻したい。手当たり次第に取り戻したい。何でもいいから、取り戻したい。
取り戻したがり病の症状が最も重いのが、何といっても日本の安倍政権だ。何しろ、彼らは「日本を取り戻す」ことを政権公約の旗印に掲げて登場した。まるごと、取り戻したがり病である。それも当然だ。なぜなら、取り戻したがり病は、力と強さに固執する者たちを恰好の標的とするからだ。
国境なき時代に対して、無力に見えてはいけない。強い逆襲力をもって、国境なき時代にリベンジを仕掛ける必要がある。それができてこそ、国家は存在感を復元できる。民心を再び掌握することが可能になる。取り戻したがり熱にうかされた人々は、このように思いこむ。

このような特性を持つ病が、取り戻したがり病だ。したがって、この病は、生来、権力志向で強権好みの人々の心の中に、ことのほか容易に、そして奥深く侵入する。
力と強さへの生来のあこがれを検知して、そこを温床に増殖する。それが、取り戻したがり病である。
「強い日本」を取り戻す。「強い経済」を取り戻す。「誇りある日本」を取り戻す。今年の総理大臣年頭所感の中で、これらの「取り戻し願望」が語られた。6月下旬に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014=平成26」の中では、「日本の『稼ぐ力』を取り戻す」決意が表明されている。取り戻したがり病が相当に進行している。
ただ、日本の取り戻したがり病患者たちばかりに、目を奪われていてはいけない。ロシアのプーチン大統領は、ロシア帝国を取り戻したがっているもようだ。米国でもヨーロッパでも、新保守主義者たちが古き良き時代へのノスタルジーにかられて、取り戻したがり病の餌食になっている。中国でも韓国でも、取り戻したがり病が政治を焦らせ、その強権性を強める方向に働いているといえるだろう。
取り戻したがり病患者たちは、力と強さに心が引かれる。だから、彼らの政策は性急であり、強引であり、問答無用になる。そして現実に対して目が閉ざされる。自分が見たい幻想にしか、目が注がれない。誰の忠告も聞かない。どんな警鐘にも、耳を傾けない。ひたすら、突っ走っていくのみだ。
彼らが崖っぷちに向かって疾走するのは仕方がない。だが、それにつき合わされることはご免こうむりたい。取り戻したがり病から、われらの時代を取り戻す必要がある。



このご見解を、各位はどうお感じになりますか?確かに、安倍現政権には、集団的自衛権の取り扱い緩和などに見られる様に、結論を焦っている所があり、浜さんの懸念も頷ける所が多くあるのは事実だ、その一方で、今の我国に、真に政権を担える人材が他にいるか?との疑問が大きくあるのも事実だ。一昨年、結局は寄せ集めに過ぎなかった民主党政権が瓦解したのは、その好例ではなかっただろうか。脆弱な鳩山連立政権に始まり、少しはマシかと思われた、菅政権も、結局は東日本大震災と言う国難に、適切に対応する事はできなかった。続く野田政権も似た様なもので、少しは現実を顧みる様になって、一定の消費増税に道を開いたのはやむを得なかったにせよ、政策姿勢は結局、自由民主党と大差なくなっていた、と言うのが実態だろう。
俺は、今は批判や反対をする勢力の主張も一定量取り込みながら、基本的には安倍現政権にもう暫く、頑張りをお願いする以外に策はない様な気がするのだが。勿論、暴走させてはいけない。だから、浜さんの様な、バランスを弁えた冷静な批判に耳を傾ける事も時には必要と言う事だ。力や強さへの憧れは、開催中のテニスの大一番 全米オープンにての、錦織 圭選手の大健闘への声援位にしておくのが、丁度良いのかも知れない。

と言う所で、長くなってもよろしくないので、初回はこの辺にはしておきたく思います。初めの画像は、強さの象徴 蒸気機関車D51型機の勇壮な出発場面。3年前の夏、群馬県下にて撮影したもの。「それぞれの出発」と言う題名をつけました。

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