はなこのアンテナ@無知の知

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『空白』(2021年、日本、吉田恵輔監督)

2024年06月01日 | 映画(今年公開の映画を中心に)
石原さとみ主演で現在公開中の『ミッシング』を手がけた鬼才、吉田惠輔監督の過去作品のレビューをアップします。このブログでは初公開。

吉田恵輔監督は「人間の逃れられない業(ごう)」を描かせたら当代随一の映画監督です。この人が作った映画なら是非見たい、と思える監督の1人でしょうか。

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星的には4.5☺️

本作は、今年(2021年)見た映画の中で最も心に刺さる1本だった。

人を赦すとはどう言うことなのか、突然自分の身に降りかかった不幸な出来事に対して、どう折り合いを付けて人は前に進むのか、

登場人物の葛藤と慟哭を通して、映画を見ながら、さらに見終わった後も、私はそのことを考えずにはおれなかった。

常に身近にいるのが当たり前だった家族や友人、職場の同僚が、事故や事件で突然命を奪われた時の喪失感たるや、その人の死と共に自分の時間も止まってしまったかのような痛恨の一撃を心が喰らうに等しい。

斯く言う私も昔、2歳違いの妹を交通事故で喪っているので、「遺体」と対面した添田(古田新太)の慟哭は痛いほど分かる。私の場合、火葬の直前に最期の別れを告げた時の、小さな棺に納められ、包帯で頭部をグルグル巻きにされた幼い妹の姿が、今も脳裏に焼き付いて離れない。

今、本作の印象的なシーンのひとつひとつを思い返してみれば、娘を悲惨な事故で失った漁師添田の、周囲を顧みない暴走とも言える一連の行動は、正に自分の一部を失ってしまった彼が、心の「空白」を埋める為には必然の衝動だったのかもしれない。

それは、彼に関わる全ての人々をも巻き込んで、否応なく傷つけるものであった。

しかし、そうすることでしか、彼は他者を赦し、娘の生前けっして良い父親ではなかった自分自身を赦し、事故以来止まってしまった自分の時間を再び進めることが出来なかったのかもしれない。

そして、誰の目にも粗野で粗暴な添田に、なんだかんだ言いながらも関わり続け、支え続ける人々が少なからずいたのが、添田にとっては救いであった。添田は「孤独」ではなかったのだ。

それは一見人を寄せ付けない強面の添田の、不器用だが一本芯の通った真っ直ぐな生き様を、身近にいる者は理解していたからなのだろう。

「部屋は心の在り様を示す」「部屋の乱れは心の乱れ」とも言われるように、登場人物の部屋の状況は、本作でも登場人物の心理状態や生き様を示す重要なファクターになっている。

また、親の立場としては、我が子を精神的に強い人間に育てることの重要性は理解しているつもりだが、同時にその実践の難しさも痛感している。

ある程度精神的にタフでなければ、長い人生を生き抜くのは結構しんどい。さらに強くない上に優し過ぎる人間にとって、人生は過酷でしかない。

だから人は(理解しあえる)誰かと繋がり、支え合うことが必要なんだろう。

しかし、中には人と繋がることが不得手な人もいるわけで、そうした人を支える余力が、今の社会にはあるのだろうか?

例えば、かつては無口でも地道に粘り強く取り組む資質があれば、職場でも疎まれることなく活躍する場を与えられた。しかし、殊更コミュニケーション能力を重要視する現代社会では、その欠如によってスタートラインにすら立てず、活躍の場を得られない状況だ。

さらに本作では事件や事故を単なる消費材としてしか見ていないマスコミの軽薄さもさりげなく映し出している。取材で得た情報を編集で作為的に切り捨て、事実を捻じ曲げて、扇情的に事件や事故を伝える。そこから生じた2次被害は放置したまま、マスコミは節操なくまた新たな事件、事故を追い続けるのだ。

キャストに関しては、圧倒的な存在感の古田新太は言うに及ばず、無気力で自己肯定感の低い気弱なスーパーマーケットの店長を繊細に演じた松坂桃李(←意欲的に硬軟さまざまな役柄に取り組むチャレンジャー)、やたらに正義を振りかざし、善意の押し付けで無自覚に周囲を圧迫することで、自身の孤独を紛らわす独身中年女を演じた寺島しのぶ(←このおばちゃん、ウザいな、キモいなと見る人に思わせたなら、寺島さんの完勝でしょう。登場した時点で、只者でない感を醸し出すところも凄い・笑)はさすがの演技で見応えがあった。また、若手の漁師を演じた藤原季節の好演も印象に残る。


本作は人物描写が容赦なく、正直、見ていて心がエグられるような辛いシーンもありますが、演出・脚本・キャストが文句無しの素晴らしい作品だと思います。他の方々のレビューも読み応えがあり、それだけ本作には人の心を揺さぶる力があるのでしょう。

「見ている間は思わず登場人物に感情移入してシンドイけれど、見終わった後にやっぱり見て良かった、見るべき作品だった」と思えるのが吉田恵輔作品なのかもしれません。

(了)

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