この世で一番愉快なことは、
何かを持っていることではなく
何かを経験する瞬間です。
これは先ごろ82歳で亡くなられた俳優でタレントの藤村俊二さんの座右の銘だったとか。
藤村さんは父親がスバル興業社長という裕福な家庭で、6人兄弟の次男として鎌倉に生まれ、のびのびとした少年時代を送られたようです。
母親がかなり懐の深い方だったようで、藤村さんがあまりの腕白ぶりで幼稚園を退園させられた時には彼を叱るでもなく彼の行く末を案じるでもなく、「明日から思いっきり遊べるわね」と、また、兄と激しい取っ組み合いの喧嘩をした時には、仲裁するでもなく二人の気の済むまで喧嘩させた後、「そろそろ二人とも疲れたでしょう。お茶にしましょう」と言われたのだとか。
父親の豪傑ぶりを伝えるエピソードもあります。藤村さんが高校生の時のこと。実家の事業が傾いたのも知らずに温泉地で芸者遊びに興じ、その支払いに困って実家に戻ると、自宅は既に人手に渡っていました。そこで藤村さんは悪びれもせずに自宅にあった美術品を幾つか売り払って支払に充てるのですが、それを知った父親は当然、藤村さんを叱るのかと思いきや「お前は見る目があるな。一番高い物から売ってしまったんだから」と言われたのだそうです。
正に、この両親にして、この藤村さんあり、と言えるではないしょうか?
藤村さんは中高を私立暁星学園で学び、早稲田大学に進学しますが、理論主体の大学の講義に飽き足らず2年で中退すると、東宝芸能学校舞踊科に入り直して、卒業後はダンサーとしてヨーロッパ公演にも参加します。
しかし、ヨーロッパのエンターテインメントのレベルの高さを目の当たりにして衝撃を受け、一転パントマイムを学ぶために渡仏するのです。
帰国後の活躍は皆さんの知るところ。
今回、私が初めて知って驚いたのが、ザ・ドリフターズの「8時だよ、全員集合」のオープニング曲の振り付けが藤村さんによるものだったと言うこと。これ、有名な話なんでしょうか?!
藤村さんは、奥様仕込みのダンディな装いで知られる久米宏さんを驚かせるような仕立ての素晴らしいジャケットをさりげなく着こなしたり、ワイン好きが高じて、わざわざ英国からパブを丸ごと一棟日本に取り寄せ、英国人大工にその移築を頼んで、ワインバーを開業する等、お金の使い方が庶民とはスケールが違います。
そもそも藤村さんは生まれや育ちからして庶民とは違うのですから、金銭感覚も庶民とは違って当然で、物質的に充たされない生活とは無縁だったと想像します。そこが庶民とは根本的に違う。だから、冒頭の「何かを持っていることではなく」も言葉通りに受け取るのは難しく、彼が経験することに価値を見出したのは、彼が自分の望み得る最上の物を手にした上で、最後に到達した境地なのかなとも思います。
それでも私は、いつかは朽ち果てる物質(もちろん藤村さんとは格段に違うレベルの物)で得る一時的な満足感よりも、藤村さんのように(これまたスケールは全然違うのでしょうが)経験を通して得られる充足感を大切にする生き方を目指したい。
だって、死に際に思い出すことが「自分は○○を手に入れることができた」より、「あの時は楽しかった」「○○が経験できて良かった」の方が、ずっと現世に執着することなく心穏やかにあの世へ旅立てそうですから…
何かを持っていることではなく
何かを経験する瞬間です。
これは先ごろ82歳で亡くなられた俳優でタレントの藤村俊二さんの座右の銘だったとか。
藤村さんは父親がスバル興業社長という裕福な家庭で、6人兄弟の次男として鎌倉に生まれ、のびのびとした少年時代を送られたようです。
母親がかなり懐の深い方だったようで、藤村さんがあまりの腕白ぶりで幼稚園を退園させられた時には彼を叱るでもなく彼の行く末を案じるでもなく、「明日から思いっきり遊べるわね」と、また、兄と激しい取っ組み合いの喧嘩をした時には、仲裁するでもなく二人の気の済むまで喧嘩させた後、「そろそろ二人とも疲れたでしょう。お茶にしましょう」と言われたのだとか。
父親の豪傑ぶりを伝えるエピソードもあります。藤村さんが高校生の時のこと。実家の事業が傾いたのも知らずに温泉地で芸者遊びに興じ、その支払いに困って実家に戻ると、自宅は既に人手に渡っていました。そこで藤村さんは悪びれもせずに自宅にあった美術品を幾つか売り払って支払に充てるのですが、それを知った父親は当然、藤村さんを叱るのかと思いきや「お前は見る目があるな。一番高い物から売ってしまったんだから」と言われたのだそうです。
正に、この両親にして、この藤村さんあり、と言えるではないしょうか?
藤村さんは中高を私立暁星学園で学び、早稲田大学に進学しますが、理論主体の大学の講義に飽き足らず2年で中退すると、東宝芸能学校舞踊科に入り直して、卒業後はダンサーとしてヨーロッパ公演にも参加します。
しかし、ヨーロッパのエンターテインメントのレベルの高さを目の当たりにして衝撃を受け、一転パントマイムを学ぶために渡仏するのです。
帰国後の活躍は皆さんの知るところ。
今回、私が初めて知って驚いたのが、ザ・ドリフターズの「8時だよ、全員集合」のオープニング曲の振り付けが藤村さんによるものだったと言うこと。これ、有名な話なんでしょうか?!
藤村さんは、奥様仕込みのダンディな装いで知られる久米宏さんを驚かせるような仕立ての素晴らしいジャケットをさりげなく着こなしたり、ワイン好きが高じて、わざわざ英国からパブを丸ごと一棟日本に取り寄せ、英国人大工にその移築を頼んで、ワインバーを開業する等、お金の使い方が庶民とはスケールが違います。
そもそも藤村さんは生まれや育ちからして庶民とは違うのですから、金銭感覚も庶民とは違って当然で、物質的に充たされない生活とは無縁だったと想像します。そこが庶民とは根本的に違う。だから、冒頭の「何かを持っていることではなく」も言葉通りに受け取るのは難しく、彼が経験することに価値を見出したのは、彼が自分の望み得る最上の物を手にした上で、最後に到達した境地なのかなとも思います。
それでも私は、いつかは朽ち果てる物質(もちろん藤村さんとは格段に違うレベルの物)で得る一時的な満足感よりも、藤村さんのように(これまたスケールは全然違うのでしょうが)経験を通して得られる充足感を大切にする生き方を目指したい。
だって、死に際に思い出すことが「自分は○○を手に入れることができた」より、「あの時は楽しかった」「○○が経験できて良かった」の方が、ずっと現世に執着することなく心穏やかにあの世へ旅立てそうですから…