はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

「PLAN75」を見て思ったこと、考えたこと

2022年06月19日 | 最近見た映画

今年の仏カンヌ映画祭で特別賞を受賞した映画「PLAN75」を見て来た。

全ての邦画を見たと豪語するつもりはないが、自分が見た限りでは邦画は社会派作品にしても、その描写に生ぬるさを感じることがある。現実の厳しさを徹底して描かない印象が拭えないのだ。

その中で、本作は珍しく手加減せずに直球勝負で来た感がある。その誤魔化しのない潔さに(仏映画人が関与している影響か?)、これまでにない、新しい邦画に出会ったような気がした。

当初、細部の描写に粗削りな印象を持ったのは、早川千恵監督にとっては本作が初の長編作品だからなのかと思っていた。しかし後に、監督が本作を通して訴えたいメッセージを明確にする為に、敢えて意図して細部描写を削ぎ落とし、物語の核心にフォーカスしたのではないかと思えて来た。

それが功を奏したのだろうか。見終わった後、本作は深い余韻と想像の余地を残し、私は投げかけられたその重い問いかけを自分事として捉え、自分なりの答えを模索せずにはいられなかった。特に「個人の尊厳」について、改めてそれを守ることの大切さを思い知らされたような気がする。

おそらく、見る人の年齢層やその人が現在置かれた立場によっても、本作の受け止め方は違って来るのかもしれない。私自身は、初老の域に入ったこともあり、寄るべないヒロインの心細げな姿が身につまされた。いつか自分も通る道なのかもしれない、と。

世代を問わず出来るだけ多くの人に本作を見ていただき、見終わった後それぞれが内容を反芻し考えることで高齢化を巡る世代間の齟齬が少しでも解消され、誰もが最期まで尊厳を保ちつつその生を全う出来る社会の形成を共に目指すきっかけになればと願うばかりだ。

 ✳︎以下、青字部分ネタバレあり。一切予備知識なしに本作を見たい方は、ご注意ください。

映画は日本で実際に起きた事件を彷彿とさせるシーンから始まる。その対象や手法こそ違え、加害者が手前勝手に「被害者らは社会に不要な存在」と決めつけ、ある施設を襲撃したのだ。と言っても直接的な描写はなく床に転がった杖や横倒しになった車椅子で、観客にその凄惨な現場を連想させる。返り血を浴びた容疑者は自分のしたことに何一つ疑念を抱くことなく、独り善がりなメッセージを録音で遺して自殺する。

結果的にこの事件が後押しをした形で、超高齢化社会を危惧した日本政府は、あろうことか75歳以上の国民が安楽死を選択することが出来る「PLAN75」と称する行政サービスを始める。

「PLAN75」はあくまでも本人の申請で受けられるサービスであり、行政に強制力はない。利用者には10万円の報奨金まで用意されている。さらに後ろめたさを誤魔化しているような横文字でのネーミング。しかし、その実、現代版(近未来版?)「姥捨て山」と言っていい。

主人公角谷ミチ(倍賞千恵子)は齢78歳、身寄りもなく郊外の団地で一人暮らしをしながら、ホテルの客室清掃員として働いている。仲の良い同僚3人も似たような年恰好の老婆である。

あることをきっかけに4人は失業してしまうのだが、家族のいる者には逃げ場があるのに対し、ミチは再就職をしようにも引っ越しをしようにも、年齢が足枷となってうまく行かない。自ずと彼女は「PLAN75」に関心を寄せて行く。

一方、岡部ヒロム(磯村勇斗)は市役所の職員で、「PLAN75」の申請窓口を担当している。おそらく今までもそうであったように、淡々と業務をこなす岡部。しかし、ある日、申請者の中に旧知の顔を見つける。長らく音信不通だった叔父だ。その時から、「PLAN75」は単なる業務のひとつではなく、彼自身にとっても関わりの深い案件となって行く。

そして、フィリピン人女性のマリア(ステファニー・アリアン)は夫と5歳の病弱な娘を本国に残し、日本で介護施設職員として働いていたが、ある時から友人の紹介で実入りの良い「PLAN75」の関連施設で働き始める。

なぜこの施設は給与が高く、外国人である彼女が雇われたのか?そこでは去る大戦でのユダヤ人収容所を想起させるシーンもあり、人間の無自覚なおぞましさにゾッとする。

他に「PLAN75」のコールセンターで働き、申請者のサポートを担当する成宮瑤子(河合優美)など、「PLAN75」に関わる人々は、それぞれの立場で「PLAN75」について疑念を抱き始める…

あからさまに老人排除を目的とした行政サービスを通して描く群像劇は、ストレートに高齢化社会の在り方を問う。

長生きすることは社会の迷惑なのか?

老人は社会にとって迷惑な存在なのか?

時は止まることなく流れ、誰もが老いる。若者もいつか老人になる。目の前の老いた人々のひとりひとりにも、かけがえのない人生がある。本来なら、何人もそれを軽んじる権利などないはずだ。

その意味でも、本作が投じた一石は重い。

先日も公共交通機関で発行される敬老パスに関する記事で興味深いコメントの応酬があった。

「若い世代より経済的に豊かな老人が優遇されるのはおかしい」と言う意見に対し、「老人が敬老パスを利用し、積極的に外出することで健康を維持し、結果的に医療費の節減に繋がる」と言う意見。

確かに老人世代が所有する金融資産は多額だが、すべての老人が経済的に豊かと言う訳ではない。老人間にも経済格差は存在する。さらに、老人世代の金融資産の多くは遺産として子世代に相続される。

富の不公平感は、その再分配を適切に行う仕組みを構築すべき政府の怠慢にその責任の一端があるはずなのに、徒に国民の世代間対立を煽るのは誰なのか?

「少子化」と言う高齢者世代を支える現役世代の減少は、30年、否、40年以上も前にその問題を指摘されながら、それを放置し続けた政権の無策の結果でもある。

そもそも、現役世代が年金世代を支えると言う、年金制度の在り方(制度設計)に問題はなかったのか?

現代の日本社会が直面する未曾有の少子高齢化問題は、成熟化社会共通の文化人類学的課題でありながら、国政を司る政治の問題でもあることを忘れてはならない。国民同士で対立しても、何の解決にもならないのだ。

【蛇足】

夫と従妹は一時期、年老いた自身の親の代わりに、関西に住む未婚の叔父の晩年の面倒を看たことがある。自分達の結婚以来、何十年も会ったことのない叔父である。叔父は地元の自治体の世話で介護施設に入所出来たものの、やはり何かと地元の公的成年後見人との連絡は必要だし、いざ病気で入院となれば関西まで見舞いに赴く。最期も夫と従妹とで葬儀の手配をし見送った。

最近、未婚の男女が増えていると言うけれど、結局自分の身の処し方を考えそれなりの蓄えをしたとしても、老いて自力で生活することができなくなれば、それまで縁遠かった身内の、しかも兄弟でなく甥姪の世話になる可能性はあるのだ。もちろん、結婚したとしても最後はひとりになる可能性があるわけで…人は生きている限り、否応なく誰かと関わり続けるしかない。自立(孤立)しているように見えて、その実、誰かに支えられて生きているのだと言うことは、私自身、常に心に留めておきたいと思う。(了)


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 今のところ老化で一番辛いの... | トップ | 最近やっている馬鹿馬鹿しいこと »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (みゆきん)
2022-06-22 20:34:43
コメント(人''▽`)ありがとう☆
長生きすることは社会の迷惑なのか?
老人は社会にとって迷惑な存在なのか?
今の平和な日本があるのは高齢者達のお陰です
ジッちゃんを大事にしています 
先祖あっての国だって事を忘れちゃなんねぇー
だよね エヘッ
返信する
コメントありがとうございます (管理人はなこ)
2022-06-23 11:14:58
みゆきんさん、こんにちは。
昨日、ブログにお邪魔させていただきました。元気を貰えるブログですね。

最近、「妻を想い、バスに乗る」と言う英国映画を見ました。
主人公はバスを乗り継いでスコットランドからかつて住んでいたランズエンドと言うイングランドの西の端まで行くロードムービーなんですが、その道中で起きる悲喜こもごものエピソードに考えさせられるんです。

特に印象的だったのが、殆どの人が老人である主人公に親切で率先して席を譲るんです。それはもしかしたら作り手の理想像なのかもしれませんが、過去にイタリアで乳幼児を抱いている私にすぐさま席を譲ってくれた若い女性のことを思い出して、案外、それがマナーとして定着している社会かもしれないとも思いました。日本では残念ながら、あまり見ない光景ですから。尤も世界各地で最近は皆スマホに目を落として、他の人のことなど無関心な人も増えているかもしれませんが。

今の80代以上のお年寄りは戦争を経験した世代であり、戦後の復興期を含め計り知れない苦労を経験されたと思います。最近、後期高齢者の仲間入りを始めた団塊の世代にしても、激烈な競争の中で日本社会の経済を経済大国になるまで押し上げた立役者ですよね。

その絶対数が増えれば、良い部分も悪い部分も目立って来るので、他の世代には目に余る部分もあるのかもしれませんが、人生の先達に敬意を持って接するのは大切だと思います。

すみません、また長々と。

ジッちゃん、みゆきんさんに大事にされて、お幸せでしょうね。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。