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news commentary

イランの核

2012-03-08 09:47:52 | Weblog

「今こそイランを攻撃の時」という勇ましい論文が Foreign Affairs の2012年1-2月号に掲載された。すると次の3-4月号に「今はイラン攻撃の時ではない」という反論が載せられた。アフガニスタン、イラクに続いてイランも叩くべきかどうか、米国の論壇で派手なテーマになっているようだ。

そうしたさなか、ウィーンのIAEA(国際原子力機関)担当イラン大使が2012年3月6日、テヘラン近郊のパルチン軍事基地へのIAEA調査団の立ち入りを許可したことを公表した。パルチン軍事基地でイランが核兵器開発を行っているのではないかとの疑いがもたれている。

その前日の5日には、ワシントンではイスラエルのネタニヤフ首相がオバマ米大統領と会談していた。ネタニヤフはいますぐイラン攻撃を始めるべきだとオバマに迫ったが、今年後半に大統領選挙を控えているオバマが反対した。

イスラエルは1981年にイランの原子炉に対して予防的先制攻撃をかけて破壊した。2007年にはシリアの原子炉を空爆して破壊したといわれている。もしイスラエルが単独でイランに対して予防的先制攻撃をかければ、イラク、シリアに次ぐ「三度目の正直」で、とんでもない連鎖反応を起こしかねない。「今はイラン攻撃の時ではない」を寄稿したコリン・カールは、イラク指導部は原子炉への攻撃を単なる核開発計画への攻撃ではなく、彼らの体制そのものへの攻撃とみなすだろう、と説明する。

中東のイスラムの海に浮かぶユダヤ人国家イスラエルはハリネズミのようになって生存を続けている。近隣諸国との関係はホッブス的だ。だから核兵器も所有しているとされる。だが、ある国が安全保障の能力を高めると、他の国の安全保障能力は低下する。安全保障のディレンマ――国際政治学の教科書が教えるところだ。

アメリカが核兵器を開発するとソ連が追いかけ、イギリス、フランス、中国がこれにならった。インドが核兵器を開発すると対抗上パキスタンも核を持った。北朝鮮もアメリカに対抗するために核を持った。イスラエルが核を持っているらしいので、イラク、シリア、イランが核保有国になりたいと願ったのは安全保障の理屈だ。イランは核保有国パキスタンの隣国でもある。

中東でイスラエル以外の国が核保有国になってしまえば、イスラエルの核の安全保障能力が低下する。イスラエルにしてみれば、核保有国になってしまった国を攻撃するのはリスクが大きいので、核保有国になる前に叩いておこう、という理屈である。

そうしたイスラエルを、第2次大戦後の建国以来、米国は支援し続けてきた。軍事援助をイスラエルに注ぎ込んだ。米国内のイスラエル支持派の政治的影響力が大きく、イランやシリア、それにイスラム過激派に対処するにあたっての中東の拠点としてのイスラエルは利用価値があった、などの理由による。

だが、親イスラエルのアメリカ大統領にもイスラエルの身勝手さが鼻につくときもあるようだ。昨年のG20のさいサルコジ仏大統領とオバマ米大統領の次のような私的な会話が漏れてメディアに報じられたことがあった。

サルコジ「ネタニヤフには辛抱ならない。やつはうそつきだ」
オバマ「君はうんざりというわけだね。だけど僕は君よりももっと頻繁に彼と会わねばならんのだよ」

いっぽう、北朝鮮の核に関しては、先制攻撃のようなキナ臭い話は表に出てこない。経済制裁と6か国協議を通じて交渉は行きつ戻りつしている。この2月には米朝間で、北朝鮮がウラン濃縮を停止するのと引き換えに、米国が24万トンの食糧支援をする話がまとまった。

英紙『ガーディアン』の記事によると、北朝鮮が保有する核弾頭は2009年の段階で2つだけと推定されている。核保有国が増えることで戦争の危険が増大する、というのが一般的な考え方だが、話題の書『帝国以後』の著者エマニュエル・トッドが何年か前、朝日新聞のインタビューで、「日本は核を持つべきだ」と発言して日本人をびっくりさせたことがある。核保有国が増えることで世界の安定が強化されることもある、と彼は主張する。

この考え方はトッドの独創ではなく、アメリカの著名なネオ・リアリストの国際政治学者ケネス・ウォルツが1981年にロンドンの国際戦略研究所の報告書 Adelphi Papers 171 に書いた論文 “The Spread of Nuclear Weapons: More May Better” が理論的なさきがけだ。

精緻なウォルツの論理を大変乱暴ながら一言でいえば「抑止と防衛の能力が向上すれば、戦争の可能性は小さくなる。核兵器は責任を持って利用されれば戦争を起こしにくくする。このことは核大国,核小国にもあてはまる。したがって、注意深く計算された核兵器の広がりは恐れることではなく、歓迎されることである」ということのようである。

理屈の上では、そういう考え方もありうるのだが、現実の国際政治の世界では、国連安保理の常任理事国の米露中仏英の核保有については当然の権利とみなし、インド、パキスタン、イスラエルの核保有については大目に見、それ以外の核保有国や核保有を目指す国のみを危険視している。それは核の二重基準だという批判の声がある。イスラエル周辺のアラブ国家がそうだ。イランもそう言っている。

国際政治の場では、倫理・道徳が国内政治ほどには重きをおかれていない。1981年にイスラエルが攻撃して破壊したイラクの原子炉はフランスが売り込んだものだった。

(2012.3.8 花崎泰雄)


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