「おじさん」
「なんだい?」
パンのおかげで少し元気を取り戻した芳樹は、
まじまじと不思議な男を見つめた。
男は笑顔を絶やさない。
「おじさん……獅子堂っていうの?」
「え?」
男は驚いたらしい。
それでも、すぐ立ち直ると、
芳樹が男の胸ポケットにつけた名札を見たのに気付いた。
「ああ、これか。そうだよ、おじさんは獅子堂っていうんだ」
「へえ、僕の苗字とおんなじだね」
「君と?」
「ぼく、獅子堂芳樹っていうの」
「そうか、それはそれは奇遇だな」
男は頭をかき上げた。
(あれ?親戚の人じゃないんだ)
芳樹は、
獅子堂って名札を認めたとき、
男が親戚の誰かだと思ってしまったのだ。
でも、
芳樹の誤解のようだ。
「君んちまで送ってやろう」
「すぐそこだから、もう大丈夫だよ」
「さっきの様子を見てたら、やっぱり心配だから、送るよ」
男の笑顔は、
芳樹の不安を一掃した。
男は親戚じゃないと否定したが、
芳樹は男がちっとも他人に思えない。
「さあ、行こうか、芳樹くん」
芳樹は素直に立ち上がった。
「ここだよ、僕の家」
芳樹の言葉に男はうなずいた。
それでも男は芳樹の家を見やっている。
どこか懐かし気な感じだ。
「誰かいるの?」
「みんな田んぼか畑に出てると思う」
「そうか。じゃあ、おじさんは帰るよ。芳樹くん、なにか食べろよ」
「うん」
男は名残惜しそうに、
くるりと来た方向に足を向けた。
何歩か歩いた男の足が止まった。
慌てて、家に通じる道からそれてあぜ道に入った。
「?」
芳樹がキョトンと立ち尽くすのを知っているかのように、
振り返ると右手を挙げて合図した。
サヨナラの合図だった。
男が急ぎ足であぜ道沿いに去っていく。
どうもおかしい男の挙動だが、
どうしたことか芳樹は笑いを誘われていた。
芳樹は家に向かってくる一団に母の姿を見つけた。
慌てて玄関に飛び込んだ。
早く、
手を付けていない弁当の中身を処分しなければ、
こっぴどく叱られる。
獅子堂の家に芳樹の母を含む一団が上がりこむのを、
遠くから男は眺めていた。
五、六人いたが、芳樹の母を見誤るはずがない。
いくら若くても、
面影に変わりはない。
面はゆげな表情を見せた男は、
あぜ道を進み始めた。
焦る必要はない。
時間は有り余るほどあるのだ。
今日は芳樹と知り合えた。
それで充分だった。
歩く男は、ささやかな幸せに浸っていた。
(次回に続く)
「なんだい?」
パンのおかげで少し元気を取り戻した芳樹は、
まじまじと不思議な男を見つめた。
男は笑顔を絶やさない。
「おじさん……獅子堂っていうの?」
「え?」
男は驚いたらしい。
それでも、すぐ立ち直ると、
芳樹が男の胸ポケットにつけた名札を見たのに気付いた。
「ああ、これか。そうだよ、おじさんは獅子堂っていうんだ」
「へえ、僕の苗字とおんなじだね」
「君と?」
「ぼく、獅子堂芳樹っていうの」
「そうか、それはそれは奇遇だな」
男は頭をかき上げた。
(あれ?親戚の人じゃないんだ)
芳樹は、
獅子堂って名札を認めたとき、
男が親戚の誰かだと思ってしまったのだ。
でも、
芳樹の誤解のようだ。
「君んちまで送ってやろう」
「すぐそこだから、もう大丈夫だよ」
「さっきの様子を見てたら、やっぱり心配だから、送るよ」
男の笑顔は、
芳樹の不安を一掃した。
男は親戚じゃないと否定したが、
芳樹は男がちっとも他人に思えない。
「さあ、行こうか、芳樹くん」
芳樹は素直に立ち上がった。
「ここだよ、僕の家」
芳樹の言葉に男はうなずいた。
それでも男は芳樹の家を見やっている。
どこか懐かし気な感じだ。
「誰かいるの?」
「みんな田んぼか畑に出てると思う」
「そうか。じゃあ、おじさんは帰るよ。芳樹くん、なにか食べろよ」
「うん」
男は名残惜しそうに、
くるりと来た方向に足を向けた。
何歩か歩いた男の足が止まった。
慌てて、家に通じる道からそれてあぜ道に入った。
「?」
芳樹がキョトンと立ち尽くすのを知っているかのように、
振り返ると右手を挙げて合図した。
サヨナラの合図だった。
男が急ぎ足であぜ道沿いに去っていく。
どうもおかしい男の挙動だが、
どうしたことか芳樹は笑いを誘われていた。
芳樹は家に向かってくる一団に母の姿を見つけた。
慌てて玄関に飛び込んだ。
早く、
手を付けていない弁当の中身を処分しなければ、
こっぴどく叱られる。
獅子堂の家に芳樹の母を含む一団が上がりこむのを、
遠くから男は眺めていた。
五、六人いたが、芳樹の母を見誤るはずがない。
いくら若くても、
面影に変わりはない。
面はゆげな表情を見せた男は、
あぜ道を進み始めた。
焦る必要はない。
時間は有り余るほどあるのだ。
今日は芳樹と知り合えた。
それで充分だった。
歩く男は、ささやかな幸せに浸っていた。
(次回に続く)
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