こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ノベル・タイム★ポケット

2015年12月31日 01時23分11秒 | 文芸
「おじさん」

「なんだい?」

 パンのおかげで少し元気を取り戻した芳樹は、

まじまじと不思議な男を見つめた。

 男は笑顔を絶やさない。

「おじさん……獅子堂っていうの?」

「え?」

 男は驚いたらしい。

 それでも、すぐ立ち直ると、

芳樹が男の胸ポケットにつけた名札を見たのに気付いた。

「ああ、これか。そうだよ、おじさんは獅子堂っていうんだ」

「へえ、僕の苗字とおんなじだね」

「君と?」

「ぼく、獅子堂芳樹っていうの」

「そうか、それはそれは奇遇だな」

 男は頭をかき上げた。

(あれ?親戚の人じゃないんだ)

 芳樹は、

獅子堂って名札を認めたとき、

男が親戚の誰かだと思ってしまったのだ。

 でも、

芳樹の誤解のようだ。

「君んちまで送ってやろう」

「すぐそこだから、もう大丈夫だよ」

「さっきの様子を見てたら、やっぱり心配だから、送るよ」

 男の笑顔は、

芳樹の不安を一掃した。

 男は親戚じゃないと否定したが、

芳樹は男がちっとも他人に思えない。

「さあ、行こうか、芳樹くん」

 芳樹は素直に立ち上がった。




「ここだよ、僕の家」

 芳樹の言葉に男はうなずいた。

 それでも男は芳樹の家を見やっている。

 どこか懐かし気な感じだ。

「誰かいるの?」

「みんな田んぼか畑に出てると思う」

「そうか。じゃあ、おじさんは帰るよ。芳樹くん、なにか食べろよ」

「うん」

 男は名残惜しそうに、

くるりと来た方向に足を向けた。

 何歩か歩いた男の足が止まった。

慌てて、家に通じる道からそれてあぜ道に入った。

「?」

 芳樹がキョトンと立ち尽くすのを知っているかのように、

振り返ると右手を挙げて合図した。

 サヨナラの合図だった。

 男が急ぎ足であぜ道沿いに去っていく。

 どうもおかしい男の挙動だが、

どうしたことか芳樹は笑いを誘われていた。

 芳樹は家に向かってくる一団に母の姿を見つけた。

 慌てて玄関に飛び込んだ。

 早く、

手を付けていない弁当の中身を処分しなければ、

こっぴどく叱られる。

 獅子堂の家に芳樹の母を含む一団が上がりこむのを、

遠くから男は眺めていた。

 五、六人いたが、芳樹の母を見誤るはずがない。

いくら若くても、

面影に変わりはない。

 面はゆげな表情を見せた男は、

あぜ道を進み始めた。 

 焦る必要はない。

 時間は有り余るほどあるのだ。

 今日は芳樹と知り合えた。

 それで充分だった。

 歩く男は、ささやかな幸せに浸っていた。

                       (次回に続く)

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