老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

223;バケツ

2017-06-23 16:00:08 | 老いの光影
夕焼け・阿武隈川


唖然 それとも驚き 或は奇想天外!

91歳になる古池草蔵さんのお話し
デイサービス効果により
要介護3から要介護1にレベルアップした
しかし 変わらないことがひとつある
それは 夜間
オシッコがしたくなったとき
本人は 立ったままで
アルマイトのバケツに 放尿をしている
そのときの音は ボトボト、ビチャビチャなのであろうか
夜中は頭も意識もぼやけており
バケツ脇に逸れてしまい畳がふやけ黒ずんできた
尿瓶、腰掛便座(ポータブルトイレ)は使わないのは何故か

222;トイレットペーパー

2017-06-23 12:12:12 | 老いびとの聲
女子トイレの音を、盗み聞きしたわけではないが
若い女性がトイレットペーパーを取るときの音が
カラカラと鳴り続いている。
どの位ペーパーホルダーを回すのだろうか。

それに比べ
老人は「もったない」ということが染みつき、
トイレットペーパーを2つ折り程度の慎ましい長さ。
トイレットペーパーが薄く拭いた手指に
便が付着してしまうこともしばしば、
お尻を拭いたペーパーを2つ折りにたたみ、
洋服のポケットに入れてしまう。
ときどきポケットから2つ折りのトイレットペーパーを出し、口を拭く。

ポケットにトイレットペーパーやティッシュペーパーを入れてしまう老人の洋服は、
洗濯をするときには必ずポケットのなかをチェックしないと大変な結末になる。

老人はトイレットペーパーやティッシュペーパーのことをちり紙(ちりし)と呼ぶ。

農村で暮らした団塊の世代ならば想像はできると思うが、
農村では板床に穴があいており、そこを跨いで用を足すポットン便所であった。
落とし紙と呼ばれた紙で尻を拭いていた。
灰色がかった紙で新聞などの紙を材料として作った紙なので活字が見え隠れしている。
いまでは到底使えない落とし紙であり、商品棚にあるのであろうか。

昔は学校の持ち物検査では「ハンカチとちり紙」のチェックをされたものだった。
右ポケットにハンカチ、左ポケットにちり紙、を入れていた。

小学校から自宅までは2kmほど道程があり、便意をもよおし我慢できず、
道端の草むらに入り用を足した。
左ポケットにちり紙が入っていなかったときは、
道端に生えている蕗の葉(ふきのは)をちぎり、
それをちり紙代わりにして拭いたことがあった。
便を隠すために、また蕗の葉を使い上から覆い隠した。
そんな時代もあった(昭和30年代後半 東北、北海道の農村は貧しかった)

いまは消費生活、消費文化が豊かになってきた。
老人は呟く、「便利な時代になったが、生活をしていくのが大変になった。
昔は不便で貧しかったが、生活はしやすかった」。

ほんとにそうかもしれない。

221;人生の春 ⑤

2017-06-23 06:05:58 | 老いの光影
夕陽に染まった用水路


介護は、人生の縮図でもある。
出会いと死別(わかれ)。
死別の体験は、
人間の感性を大きく揺り動かす。
その体験が、自分自身の成長の節目になる。
老人の死に直面して泣けることは、
生きていく上で大きな意味をもつ。
死別で流す涙より、
老人が生きている間にいっしょになって、
どれだけ感激の涙、嬉し涙、感動の涙を流せるか。