老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

死を悼む

2022-03-08 10:52:07 | 老いの光影 第7章 「老人のねがい」
1837 死を悼む

連日、ウクライナの人々のことを思うと、居ても立っても居られない
家族を殺され、親をなくし、子をなくし、家をなくし、仕事をなくし、街が壊され
逃げ惑う弱い人たちを容赦なく殺すプーチン

新聞の写真には老人が杖をつき避難する姿
ぬいぐるみに拠り所を求め、ぬいぐるみを抱いている子ども
ウクライナは寒く、食べ物もなく飢え、彷徨い歩く

亡くなった父や母、わが子、祖父母の亡骸を埋葬することもできず
いたたまれない気持ちで祖国を去る


ひとりの「死」は、
「亡くなる」ことを意味し、その人がもうこの世に「居なくなる」ことである。
「亡くなる」ことは「居なくなる」ことであり、
この世にその人の存在が「無い」ことに列なる。
息をひきとる瞬間まで、この世に存在していたかけがえのない人が、
「死」によって、もうこの世には存在してない。
会いたくても言葉をかけたくても、もう傍に「居ない」。
大切な人が、親しかった人が、居なくなる=亡くなる、
そのことほど悲しく辛いものはない。

人間死ぬと時間が経つにつれ、その人のことを忘れてしまう。
自分が忘れてしまうことほど寂しいものはない。
いつまでもその人の死(喪失)から立ち上がれずにいると、
心の病を患ってしまいかねない。
ふと、何かあったとき、亡くなったその人が心に浮かび、
その人に心で語りかけることで、その人は心の世界で生き還ってくる。
人間死を怖れている、それは自分がこの世から居なくなることで、
生きていたという自分を忘れ去られてしまう、
そのことを怖れているのではないかと思う。