東山いこいの森の仙人

福井県勝山市にあるキャンプ場「勝山市東山いこいの森」の日々の暮らしを発信します。

半夏生。

2012年07月01日 18時53分33秒 | 日記
 今日は、半夏生で 大野を中心とする 奥越地方では、夏のスタミナづくりにと 昔から焼き鯖を食べる 風習が有ります。
アブラが一杯のった鯖は 山奥の子供たちにとっては 大変なごちそうでした。
 魚といえば、ミガキニシン、各家で漬けたコンカイワシ、ホシダラ、ダシジャコも貴重な魚で、味噌汁の中には ダシをとるだけでなくそままま 入っていて、味噌汁と一緒に食べたものです。
 我が家は、富山の薬売りの人や、小間物を担いで行商に来る人なども泊ました。
民宿という名が使われる 以前から そういう人たちが 泊っていて、昭和の初めぐらいからは、白山登山、春山スキーの人たちも泊る様になっていました。
別に、お客さん用の部屋があるわけでは無いので、30人も泊ると、寝る所が無いので 台所の囲炉裏の回りにも、お客さんが寝て、二階には 部屋は無いのですが、冬は 蚕を養っていないので、子供たちは、二階で寝ていました。
 お客さんの食事と言っても、今から思うと、大変失礼なことですが、家の者と 同じ様な物を食べていただいて いました。
祖母がいろいろ 工夫した料理を作るのが 好きだった様で そんな 山奥の食べ物でも お客さんには 喜ばれていた様です。
スキー客が沢山来れる様になってからは、市の指導もあって 母は、調理師の免許を取りました。
昭和何年だったか 忘れましたが、羽根知事の時です。 話を元に戻します。
味噌汁の中に入っている ダシジャコを残す人が いました。
何で 残すのか 子供の頃の私には 理解出来ませんでした。
登山家とか、先生と言われている人たちは、無理をして 食べておられたのだと 後で分かりました。
この前も 松岡の松田さんが 高校生の時に源野家に泊ったら、板戸に貼ってある 名刺を見て びっくりした。
熊谷さんが 福井市長の時の名刺や 南極越冬隊の偉いさんの名刺もあって びっくりしたと 言っていましたが、
そういう人たちにも ダシジヤコの入った 味噌汁をお出ししたのではと思うと、忸怩たる思いになります。
 それだけ、魚は、貴重な食べ物でしたから、鯖を食べると アブラに負けて、ジンマシンが 出て終う子どもが
沢山いました。50年。原発に 文殊菩薩の意味でもんじゅと名づけられたとも 聞いていますが、又 昔に戻るのでしょうか、
東山いこいの森で 非日常の疑似体験をしてみては いかがでしょうか。
クーラーが有るかとは、聞かないで下さい。