WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

Pure Acoustic Plus

2009年04月06日 | 今日の一枚(O-P)

◎今日の一枚 241◎

大貫妙子

Pure Acoustic Plus

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 「大貫妙子は、日本最高のソングライターだ」といったのは、才女・矢野顕子だったが、その見解にまったく異存はない。少なくとも、私の知っている日本のミュージシャンの中で、その才能は圧倒的にぬきんでているようにみえる。他の誰とも違う独創的で個性溢れるメロディーライン、ドラマティックで共感できる詩的世界、感動的で心の琴線にふれる音使い、どれをとっても唯一無二、ワン・アンド・オンリーだ。

 「Pure Acoustic Plus 」 、私の愛聴盤のひとつである。1987年のコンサート「Pure Acoustic Night」のライブ・レコーディングのうち7曲が「Pure Acoustic」と題してアルバム化されたが、それは通販かコンサート会場限定販売であった。この作品が好評のため、新たに3曲のボーナス・トラックをPlusして1993年に発表されたものが本「Pure Acoustic Plus 」 である。なお、この作品をベースに若干の曲の入れ替えをおこなった作品「Pure Acoustic」が1996年にリリースされ、現在広く巷に出回っている。さらに、これらの作品をベースに、Pure Acoustic シリーズの総決算ともいえる(らしい)「Boucles d'oreilles」が2007年に発売されているが、この作品に関しては未だ入手していない。是非、買いたいと思っている。

 さて、「Pure Acoustic Plus 」 である。素晴らしいアルバムである。しかし、多くを語るべきではないという気がするし、またそうしたくはない。私などの汚らわしい言葉でこのPureな世界を損ないたくはないのである。ただ、一言だけいっておこう。アルバムタイトルどおり、そこにあるのはまぎれもないPureな世界であり、繊細で美しい世界である。


ランドスケイプ

2009年04月06日 | 今日の一枚(K-L)

◎今日の一枚 240◎

Kenny Barron

Landscape

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 わが東北地方もすっかり春めいてきた。我が家の庭の梅の木もやっとほぼ満開の状態となった。最近、やや仕事が忙しく、すっかり更新するのを忘れていた。といっても、音楽を全然聴いていなかったわけではない。少ないプライベートタイムながら、毎日LPにすれば片面程度は聴いている。まあ、《ながら聴き》であるが……。最近、1980年代前半のピアノトリオ作品をよく聴く。私が学生時代にリアルタイムで聴いていた作品たちである。軽い感傷に浸りながら思い出すのは、駆け巡っていた街の風景や、じめじめした汗の感覚や、どこからか吹いてきた風の爽やかさであり、あるいはかかわりをもった懐かしい人たちの表情である。

 ケニー・バロンの1984年録音盤、『ランドスケイプ』である。ケニー・ドリューのお洒落なジャケットシリーズなどを手がけた日本のレーベル、RVCからの作品である。「荒城の月」や「リンゴ追分」などが収録されているのはそのためだろうか。ジャケットもどこかケニー・ドリューの1980年代の作品群を思わせるお洒落でノスタルジックなデザインである。その意味では、明らかな企画ものなのであるが、私は嫌いではない。悪くはないと思っている。

 ケニー・バロンを知ったのは、ロン・カーターが出演した「サントリー・ホワイト」のCMだった。ロン・カーターのベースの後に絶妙なタイミングで入ってくる繊細なタッチのピアノは一体誰だ、と思ったものだ。すぐに貸しレコード屋で借りたレコードにはケニー・バロンの名が記されていた。以後、いくつかの彼のレコードを借り、あるいは買った。といっても、当時ケニー・バロンの名は未だビックネームとはいえず、作品の数は少なかったのだが……。この『ランドスケイプ』もそのころ買ったもののうちの1つであり、のちにCDも購入した。

 この作品におけるケニー・バロンは、繊細さに加え、力強さもあり、その多彩な表現力と非凡なテクニックがうかがえる。高音はあくまでも繊細で美しく、低音には迫力がある。さすがに、後に晩年のスタン・ゲッツに信頼を得、現在では名手といわれるひとりである。ケニー・バロンは、1943年の生まれなので、この時41歳ということになる。大したものだ。現在の私よりずっと若い。

 それにしても、音楽とは不思議なものだ。スピーカーからサウンドとともに、1984年の渋谷の街や世田谷公園の風景や夜の街を駆け巡る私の姿が飛び出してくるようだ。1984年、私は日本中世史を専攻する貧しい学生で、酒と本と音楽さえあれば生きていけると信じる青二才だった。