WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

出雲と大和

2021年02月27日 | 今日の一枚(Y-Z)
◎今日の一枚 472◎
Yaron Herman
Piano Solo Variations
 日本史を学ぶ学徒だった頃、専門書の「あとがき」を読むのが好きだった。今はどうなのか知らないが、当時はみな修行時代や恩師とのエピソードなどを書いたものだ。そんな「あとがき」の中で私が白眉だと思うのは、村井康彦さんの『古代国家解体過程の研究』(岩波書店:1965)である。研究への焦りと重圧から逃れるためにカメラに興味をもち、ついにはカメラを作ってしまったという話だったと記憶している。そのカメラには「テレカ」と命名したが、理由はテレくさいからテレカだと記されていたと思う。
 その村井さんの『出雲と大和』(岩波新書:2013)を少し前に読んだ。衝撃的な結論だった。邪馬台国は大和にあったと畿内説を唱える一方、邪馬台国とヤマト政権に連続性はなく、ヤマト政権が権力を奪ったと主張した。しかも、邪馬台国は出雲勢力が中心となってが作った権力体(邪馬台国連合)であったといから驚きである。しかし、村井さんの説は古代史学界ではほとんど無視されているという。それは、村井さんがもともと平安時代史の専門であり、当該の時代については素人だということもあるが、考古学の成果の援用はいいとして、記紀神話の深読み、地名、神社の祭神や由緒をもとに論じられていることが原因かと考えられる。文献史学の側からキワモノ的に見られているのだと思う。
 けれども、もともと厳密な史料批判と緻密な史料分析に定評のある村井さんが、あえてこの分野に手を出し、批判を覚悟でチャレンジした勇気を、私は称賛したい。いや、それだけでなく、その構想は十分に検討に値するものだし、一定の説得力があるものだと考えている。私は古代史の専門ではないが、なぜ日本書紀に邪馬台国が登場しないのか。なぜ記紀神話では出雲のことに多くの紙数を割き重視しているのか。また、大和の神社の祭神に出雲系の神々が多いのはなぜか。とくに最重要である三輪山に祀られた神が出雲系であるのはなぜかなど、以前から気になっていた疑問を説明してくれる構想なのである。中世史の保立道久さんもwebページの中で村井さんの構想の重要性に言及している。
 この問題が今後研究が深化し、どのように展開していくのか楽しみである。すこしでも長生きしたいものだ。

 今日の一枚は、イスラエルのピアニスト、ヤロン・ヘルマンの2009年作品『ヴァリエーションズ』である。ピアノソロ作品だ。この作品を取り上げるのは初めてかと思っていたら、以前にも取り上げていたようだ(→こちら)。決して寡黙なピアニストではない。音数も少なくはない。けれども、静謐さを感じる。硬質で音の輪郭が明快なタッチだ。こういうタッチで美しい旋律を奏でられるともうだめだ。心が武装解除されてしまう。あまあまの"きれい系ピアニスト"ではないので、ご安心を。

邪馬台国について

2021年02月27日 | 今日の一枚(S-T)
◎今日の一枚 471◎
富樫雅彦
Spiritual Nature
 邪馬台国に興味をもったのは,1999年の歴史教育者協議会奈良大会で、当時橿原考古学研究所にいた寺沢薫さんの、纏向遺跡についての話を聞いてからだった。纏向遺跡についての当時の最新の研究成果を知り、おそらく邪馬台国九州説はもう成り立たなくなるだろうという感想をもったものだ。その後の考古学研究の進展と文献史学の深化により、学界の大勢はもはや完全に畿内説となったようだ。それは、例えば吉村武彦『ヤマト政権』(岩波新書:2010)の次のような記述からもわかる。
日本列島が倭国として統合されたプロセスとしては、1世紀末の段階では九州が進んでいたが、2世紀後半になると近畿地方が優位に立った。こうしたなかで、卑弥呼が存在した3世紀初頭には邪馬台国が倭国の盟主となっていったのである。
 古墳などの墳墓や副葬品などの遺物の、緻密な分析と編年研究が進展したことが大きかったようだ。
 同書は、位置論争のポイントの一つだった『「魏志」倭人伝』の邪馬台国への道程の記述についても、15世紀に朝鮮で作られた次の地図(中国元代の地図をもとにしているものらしい)を提示する。
 すなわち、古代・中世の大陸の人々は、日本列島は南にのびていると認識していたのではないかということである。『「魏志」倭人伝』の記述に従えば、邪馬台国は九州の遥か南方の海の上ということになる。簡単に言えば九州説は方角を重視したものであり、畿内説は距離を重視したものだ。しかし、これは近代科学主義的な地図を念頭に置いたものである。この地図のような地理認識を念頭に置けば、話は全く変わってくる。「魏志」の記述と畿内説は矛盾しないことになる。当時の人々の生活世界の視点から論を進めるやり方は、非常に納得のいくものだ。
 もはや、邪馬台国畿内説はほとんど通説であり、問題意識は邪馬台国とヤマト政権がつながっているのか、いないのか、あるいは卑弥呼の墓との伝承のある箸墓古墳を邪馬台国に引き付けて理解するのか、ヤマト政権に引き付けて理解するのかにシフトチェンジしているようである。
 かつて学生時代に、邪馬台国論争は正統な学問が手を出すところではないといわれていたことを考えれば、隔世の感である。

 今日の一枚は、富樫雅彦の「スピリチュアル・ネイチャー」である。1975年の東京新宿厚生年金小ホールでのライブ録音(④のみスタジオ録音)である。帯の宣伝文句には「聴衆を釘付けにした伝説的コンサート」とある。パーソネルは、富樫雅彦(per, celesta)、渡辺貞夫(fl, ss, as)、鈴木重男(fl, as)、中川昌三(fl)、佐藤充彦(p, marimba, glocken-spiel)、翠川敬基(b, cello)、池田芳夫(b)、中山正治(per)、豊住芳三郎(per)、田中昇(per)、である。
 日本のフリージャズである。フリージャズだが、私には非常に叙情的に感じられる。演奏を聴いていると、何か映像が目の前に浮かんでくるようだ。それは例えば、卑弥呼も見ていたかもしれない、弥生時代の穏やかな日常の風景だ。そういう、ある種の「古代」を感じる。演奏者は何をイメージしていたのだろうか。