WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

稗田阿礼とサヴァン症候群

2021年04月15日 | 今日の一枚(I-J)
◎今日の一枚 494◎
Jeff Beck
Wired

 『古事記』の序文には、その成立について、天武天皇に舎人として仕えていた稗田阿礼という人物が、28歳のとき、記憶力の良さを見込まれて、古くから大王家に伝わった『帝紀』と『旧辞』の誦習を命ぜられたと記されている。奈良時代に入って、元明天皇の詔により太安万侶という人物が稗田阿礼の暗記していたものを筆録し、712年に『古事記』が成立したというのだ。
 『帝紀』は大王の皇位継承を中心とする伝承や歴史をまとめたものであり、『旧辞』は大王家に伝わる神話や伝承であるとされる。いずれも現存していない。
 荒唐無稽な話だと思っていた。そんな超人的な記憶力のある人物が存在するのだろうか。実際、稗田阿礼の名は『日本書紀』にも『続日本紀』にも見えず,そのことから架空の人物とする説も存在する。古事記には神話的な部分が多く含まれており、稗田阿礼についても架空の話として片づけることもできよう。しかし、だとしたら稗田阿礼に誦習させたことを何のためにあえて記したのだろうか。稗田阿礼は神話的な時代ではなく、7世紀後半から8世紀前半の人物である。『古事記』が成立したほぼ同時代のことについて、そんないい加減なことを記すだろうか。古事記や日本書紀の比較的新しい時代の記述については、脚色も多くもちろんすべてがそのままの事実とはいえないが、記述に関係する遺跡が実際に発掘されるなど、ある一定の事実に基づいて記されていると考えられる。
 「サヴァン症候群」のことを知るに及んで、稗田阿礼のスーパー記憶力についてもありうる話かも知れないと考えるようになった。「サヴァン症候群」は、ダスティン・ホフマン主演の映画『レインマン』で有名になったが、驚異的記憶力、音楽、計算能力、知覚・運動・芸術、時間や空間の認知など特定の領域に天才的な能力をもつ人々がいるというのだ。天才的能力を有する一方、他の部分の能力は平均的かそれ以下のことが多く、その半数に自閉症スペクトラム障害(ASD)や関連疾病がみられるらしい。2001年の研究報告では、自閉症の0.5~1%程度の割合で存在するそうだ。また、ASDが男性脳と関係が深いことから、サヴァン症候群も男性に多いともいわれている。

 今日の一枚は、ジェフ・ベックの『ワイアード』だ。1976年リリースの、ギター・インストロメンタル盤である。ギター小僧だった頃からの愛聴盤である。私の中では、前作の『ブロー・バイ・ブロー』(→こちら)と双璧である。どちらかというと、『ブロー・バイ・ブロー』の方が好きだったのであるが、最近、『ワイアード』を聴いて、その地位が逆転しつつある。アルバムとしての完成度もそうだが、何というか、ピッキングの表現力が違うのである。チャールズ・ミンガスの③ Goodbye Pork Pie Hat などはそれが如実に表れた演奏だ。1970年代という時代に、このような作品が録音されたことに、改めて驚愕の念を抱く。最後の曲、Love Is Green が終わった後の虚無的な静寂感が何ともいえずいい。