(2)開放腎生検と全身麻酔
腎生検とは、直接腎臓の組織を採取して顕微鏡等で観察する検査であるが、これによって病名を確定し、適切な治療法を選択できるのだという。私を診察し、腎生検の必要を説いた医師の説明によれば、腎生検には背中から針を刺して腎組織を採取する方法と、開腹手術して直接腎組織を採取する開放腎生検があるが、この病院では安全に行うために開放腎生検を推奨しているという。私は任せることにした。後日調べてみると、全国的に主流なのは背中から針を刺す方法であり、こちらの方が部分麻酔で行なうため患者への負担が少なく、入院日数も4,5日~1週間程度で経費も安く済むようだ。ただ、web記事や体験ブログを読むと、熟練していない医師の場合何度も失敗したり、うまく腎組織がとれなかったりすることがあるようだ。また、件数は少ないが死亡例もあるという。一方、開放腎生検は、全身麻酔で行ない、2週間程度の入院を要するが、腎臓を目で見て組織を摂取するため、確実に多くの組織を採取することができ、血の塊である腎臓の止血を確実に行うことができるのがメリットのようだ。私の場合、13日間入院したが、手術の日の次の日から数えると、8日間で退院できた。安全にできて、良かったと思っている。費用は188980円だったが、限度額適用認定証を申請すればかなり軽減できる。私は申請しなかったが、共済組合から後日同額の還付金があるはずだ。結構な額のはずである。また、検査とはいえ、医師の指示による入院手術ということで、私の場合、民間保険のうちの2つが該当し、合わせて74730円の保険金が下りるはずである。
さて、開放腎生検である。ここでは初体験だった全身麻酔による開腹手術について記したい。
私の場合、右脇腹を5センチ程切ったが、すごい、というのが感想である。人生の時間の一部が、きれいさっぱり消え去ってしまった気分だ。麻酔は点滴で入れた。手術台に寝て何か話しているうちに眠ってしまったようだ。いつどのように眠りに着いたかわからない。眠りに着く過程は全く記憶にない。名前を呼ばれて目を覚ますと、もうすべて終わったといわれた。この間、時間の感覚はまったくない。だから、眠っている時間については、0分という感覚だ。起きたらもうすべて終わっていたのだ。9:00から始まった手術だったが、別室で待機していた妻が、目覚めたので帰宅してよいといわれたのは、11:30過ぎだったらしい。
起きた時の記憶は何となくある。誰かから声をかけられて目を開けたのだ。手術室のライトを見た記憶がある。その後記憶は途絶える。次の記憶は、天井が流れている映像だ。べッドで移動したらしい。記憶はまた途絶える。次に現れるのは病室の天井である。看護師が数人いたと思う。何か尋ねられ答えたと思う。それ以降はずっと記憶がある気がするが、本当のことはわからない。確信が持てないのだ。同じ病室という空間にいたことで、持続的な記憶があると誤解しているだけかもしれない。
意識や記憶というものが不確かなものであることを実感した。その不確かな意識や記憶に立脚しているのが人間というものであり、世界なのだ。すべてをこれは夢かもしれないと懐疑したデカルトを思い出した。デカルトは《夢を見ている私》を疑いえないものとしたが、意識のなかった私は《意識のない私》を認識することはできなかった。全身麻酔という経験によって、時間や世界、現実というものが、記憶や意識によって成り立っている脆いものであることを改めて考えさせられた。
もう一つ書き記しておきたいことがある。導尿のことである。手術の後、その日は一日中安静にしていなければならなかった。開腹した傷の痛みもさることながら、最も苦しかったのは導尿だった。尿道に管を差し込んで尿を出すのだ。痛い訳ではない。激しい尿意を感じるのだ。尿意を感じるのだが、出ないのだ。もちろん、勝手に尿は流れ出ているのだが、おしっこをした感じにならない。激しい尿意だけが続き、膀胱が爆発しそうだった。はっきりいって地獄だった。チューブは次の日の朝抜くというが、どう考えてもそんなにもつわけがない。精神は、ズタボロだった。
2~3時間程のたうち回ったと思うが、ベッドを少し起こして水を飲めるようになるなると、不思議と激しい尿意がひいていった。水を飲めば飲むほど尿意はどんどん引いていった。おかげで何とか朝までしのぐことができたが、水を飲むと尿意がおさまることをなぜ誰も教えてくれなかったのだろう、と思った。翌日の朝、尿管は抜かれ、トイレまで歩いて行くことが許された。翌々日にはエレベーターを使って1階のコンビニまで買い物に行くことも解禁された。ただし、腎臓に衝撃を与える危険があるため、階段の歩行はしばらく禁止された。傷はまだ痛み咳をするのも辛かったが、日増しに痛みは軽くなっていった。
次は腎生検後の診断確定と治療方針について記す。
●IgA腎症と私 ① →こちら
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