●今日の一枚 394●
Cannonball Adderley
Mercy, Mercy, Mercy
こういうのは、純粋に、単純に、好きだ。キャノンボール・アダレイの1966年録音盤、『マーシー、マーシー、マーシー』である。キャノンボールがジョー・ザヴィヌルと組んだ大ヒット盤だ。ヒットチャートで、アルバムは13位、同名のシングル曲は11位まで駆け上ったということだ。ロック全盛の時代であることを考えれば、とんでもないヒットだということになろう。アルバムジャケットには、"Live at The Club"と書かれており聴衆の歓喜の声もきこえるが、どうもスタジオライブのようである。
どの曲もファンキーでノリがよく、心も身体もウキウキ、ワクワクであるが、ジョー・ザヴィヌル作曲のタイトル曲、③Mercy, Mercy, Mercy のインパクトの強さとアレンジの妙は格別である。CDであることをいいことに、つい何度も繰り返してしまう。思わず、顔が微笑み、手足を動かして踊りだしてしまいそうになる。
キャノンボール・アダレイを思うとき、いつも村上春樹の印象的な文章を思い出してしまう。ずっと以前のCannonball 's Bossa Nova についての記事にも書き込んだのだが、もう一度記しておきたい。
キャノンボールという人は、最後にいたるまで、真にデーモニッシュな音楽を創り出すことはなかった。彼は自然児として地上に生まれ、そして自然児として生き抜いて、おおらかなままで消えていった。推敲や省察は、裏切りや解体や韜晦(とうかい)や眠れぬ夜は、この人の音楽の得意とするところではなかった。
しかし、、おそらくそれ故に、そのアポロン的に広大な哀しみは、ときとして、ほかの誰にもまねできないようなとくべつなやり方で、予期もせぬ場所で、我々の心を打つことになる。優しく赦し、そして静かに打つ。
(和田誠・村上春樹『ポートレート・イン・ジャズ』新潮文庫)
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