●今日の一枚 64●
The Beach Boys Pet Sounds
⑧ God only Knows と⑬ Caroline No をはじめて聴いた時の、胸がしめつけられるような狂おしい感動を今も覚えている。それまで経験したことがないような種類の感動だった。今でもときどき再生トレイにのせると、まるで18歳の若者のように、心が尋常ならざる振るえをおぼえることもある。私の人生に『ペット・サウンズ』があって本当良かったと思う。
ロック史上最高の名盤ともいわれる作品だが、当初から評価が高かったわけではない。そもそもビーチ・ボーイズは、サーフィンとクルマと女の子を歌う風俗グループとして認識されていたのだ。天才ブライアン・ウィルソンが精神的錯乱の中で生み出した音楽に対して、当初は熱狂的なファンでさえ戸惑いを隠せず、メンバーさえも最初に聴いたときには当惑し、マイク・ラヴが「一体こんなものを誰が聴くんだ。犬か。」といったという話は有名だ。
この作品について、何かを語りたいと思いこの文章を書き始めたが、だめだ。あまりにも多くの語るべきことがあるような気がしてうまくまとまらない。作品の成り立ちについては、山下達郎によるライナーノーツがほぼ語りつくしている。この作品に対する熱い想いを胸に秘めつつ、抑制された筆致で記された感動的な文章だ。渋谷陽一選『ロック読本』(福武文庫)にも収録されているので、一読をお勧めする。
山下達郎氏はその文章を次のようにしめくくっている。
「……だがしかし、それを考慮にいれてさえなお、『ペット・サウンズ』は語り継がれるべき作品である。何故ならこのアルバムは、たった一人の人間の情念のおもむくままに作られたものであるが故に、商業音楽にとって本来不可避とされている、『最新』あるいは『流行』という名で呼ばれるところの、新たな、『最新』や『流行』にとって替わられる為だけに存在する、そのような時代性への義務、おもねり、媚びといった呪縛の一切から真に逃れ得た、稀有な一枚だからである。このアルバムの中には「時代性」はおろか、『ロックン・ロール』というような『カテゴリー』さえ存在しない。 にもかかわらず、こうした『超然』とした音楽にありがちな、聴くものを突き放す排他的な匂いが、このアルバムからは全く感じられない。これこそが『ペット・サウンズ』最も優れた点と言えるのだ。『ペット・サウンズ』のような響きを持ったアルバムは、あらゆる点でこれ一枚きりであり、このような響きは今後も決して現れる事はない。それ故にこのアルバムは異端であり、故に悲しい程美しい。」
山下達郎のコメントにひと言足すとしたら”ビートルズを超えようとした結果”ペットサウンズができたのかもしれません。昔NHKの深夜の番組で視たんですが、父親からのブライアンへのプレッシャーもすさまじかったみたいですし、自らが天才であることを証明するための戦いの記録だと個人的には思います。番組の中で完成した♪God only knows が流れた時思わず目頭が熱くなりました。
私も、『ペット・サウンズ』の1曲めの「Wouldon't It Be Nice」の、ドラムの音に衝撃を受けました。そして、最後は鉄道の音と犬の声で終わる、という見事なコンセプト・アルバムだと思います。
音楽を聴く人や演る人には、聴かないで済まされないアルバムだと思います。
くま田なおみさんへ、ビーチ・ボーイズはCDで入手可能です。ただ、『スマイル』は、幻のアルバムなので、運よく見つけたらLPでも買うべきだと思いますが、私が中古のレコード屋で見つけた『スマイル』は、
ン万円もしてとても、私のような貧乏人がとても買えるような値段でした。だが、いつかは必ず、『スマイル』を手に入れよう、と思います。最近、ブライアン・ウイルソン名義で『スマイル』が発売されていますので、それでも、ありがたいことです。
村上氏はこの文章の中で、「比較的取り上げられる機会の少ないアルバム」として1970年の『Sunflower 』と翌71年『Surf's Up 』を取り上げて論じていますが、首肯すべき見解が多く含まれています。私にとってもこの2つのアルバムは思い入れの深い作品であり、機会があればブログで論じてみたいと思っています。
なお、この2つのアルバムについては、ヨーロッパ輸入盤ですが、『Sunflower / Surf's Up 』というタイトルで、2つのアルバムを1枚のCDにまとめたものが発売されており、お買い得です。HMVを検索すると、セールで1,724円でした。
村上春樹氏の音楽に関する文章は、多くの場合、その小説よりも興味深く、面白い……。そう思います。ノーベル文学賞候補に失礼な言い方でしょうか。
http://watercolors.blog.ocn.ne.jp/watercolors/2006/10/post_ee97.html