●今日の一枚 138●
酒井俊 四丁目の犬
たまにおじゃまするプログkenyama's blogに最近「ジャズと新書ブーム」というエッセイが載っており、興味深く読ませていただいた。その中で紹介されていた岩浪洋三『ジャズCD必聴盤! わが生涯の200枚』(講談社+α新書)という本を先日たまたま書店で見つけぱらぱらとめくってみたところ、私の大好きなシンガー酒井俊の『四丁目の犬』のレビューを発見し、たいへん嬉しい気持ちになった。
酒井俊の『四丁目の犬』、2000年のライブの録音盤である。しかし、何というジャケットなのだろう。買うものを拒絶するような写真である。コアなファンでなければ手に取ることさえためらうかもしれない。凡そジャズにまつわる作品だとは誰も思わないだろう(酒井本人はそんなことはどうでもいいだろうか……)。しかし、内容は充実している。名曲「満月の夕べ」をはじめとして、名曲・名唱と呼びたくなる楽曲が満載である。ジャズファンはともすれば、頭でっかちの教養主義やそれへの反動としての偏狭なマニアになりがちであるが、酒井の歌は本来的に音楽がもっている喜びを思い起こさせてくれる。特に、近年の酒井俊は、ジャズというジャンルに閉じこもることなく、音楽の原初的な喜びを希求して、積極的に外へ外へと自らを開いているようにみえる。実際、彼女のライブを何度か見たことがあるが、そのレパートリーはジャズのスタンダードはもちろん、映画音楽からトム・ウエイツやジョン・レノン、果ては童謡や美空ひばり・越路吹雪にまで及び、特定のジャンルに自閉することがない。演歌であろうが民謡であろうが、自らが表現の必然性を感じたものは積極的に取り上げるといったスタンスである。気分がのれば、マイクをつかわずに本物の生の声を披露してくれるのも好ましい。声が空気を伝わって聞こえてくる感覚にはたまらないものがある。酒井が《歌を歌う》ということを真摯に追い求めていることの証であろう。
私は、酒井俊を現代の日本を代表するシンガーのひとりだと認識しているのだが、『四丁目の犬』は、今のところ酒井の最高傑作だと考えている。とくに、名曲「満月の夕べ」はいくつかのバージョンがあるが、このアルバム収録のものはその白眉といってもいいのではなかろうか。いつ聴いても引き込まれ、感動を余儀なくされる演奏である。
酒井俊や「満月の夕べ」については、以前記事にしたことがあるので、そちらを参照されたい。
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