(1)昨年公開されたアミール・マノール監督『エピローグ』(2012、イスラエル)は、日本の近未来を先取りするイスラエル社会を剔抉する。
(2)かつて社会主義を夢見た老夫妻。理想を葬ったイスラエルの現状に失望し、失意と貧困のなかで自殺を選ぶ。その最後の1日を『エピローグ』は描く。
エピソード1。若き日に革命を夢想した夫は、最後に妻にドレスを贈るべく、愛読書を手放そうとする。しかし、古書店では相手にされない。そんな時代遅れの本を読む者は、もうイスラエル社会にはいないのだ。
エピソード2.いつもの薬を買おうと薬局へ出かけた妻は、金が不足し、恥辱を味わう。だが、若い店員が自分の金をそっとレジに入れ、薬を彼女に渡した。
(3)映画は、現実の事件を下敷きにしている。2008年の経済危機後、年金が大幅にカットされ、160人もの高齢者が自ら命を絶った。
(4)イスラエルでは、貧富の格差が拡大している。
ここ20年の民営化、米国流の自由主義が背景にある。死海の資源をタダ同然で手にしたショール・アイゼンバーグのように、民営化は一部に巨大な富をもたらした。軍需産業、医薬品、ハイテク分野も好況で、イスラエルの昨年の経済成長率は3.3%にものぼる。
しかし、巨大な軍事費が財政を圧迫し、内実はギリシアの一歩手前だ。
国は、そのツケを公共サービスの民営化、教育や福祉の削減で解消しようとしてきた。ネタニネフ首相は、財務相だった10年前から、「障がい者、子ども、高齢者の福祉をカットすればいい」と放言してはばからなかった。そして、富裕層や大企業には減税を続けた。増税した消費税などが中産階級や貧困層を直撃した。生活物資の高騰は野放しになった。
(5)かくて、イスラエルの貧富の格差は米国を追い抜くまでに拡大した。国民の2割が貧困水準以下の生活を強いられ、しかも貧困層の6割はワーキング・プアだ。仕事が貧困からの脱出に繋がらず、社会保障も再配分の機能を失った。昨年も、福祉切り捨てに抗議する焼身自殺が相次いだ。
ホロコーストを生きのびた高齢者が、自分たちが建設した国家で生きていけないのだ。
昨年も、前年比2割増の150億ドルを軍事に費やし、より劇的な増税と福祉の削減を盛り込む予算案をネタニネフ首相は、もくろんでいる。
(6)マノール監督は、若者たちの新しい運動に希望を託す。縦型組織を作らず、リーダーもいないデモ、2011年夏にテルアビブで起きた数十万人規模のデモだ。776万人の人口からすると、日本では1,000万人規模のデモとなる。
マノール監督は、社会変革のため、社会を変える教育が必要だ、という。その教育の理想を、前世紀初頭の社会主義のコーポラティブ(協同組合)に見る。はたして建国の理想であるシオニズムは、内包する植民地主義を超え、その社会主義の夢を取り戻せるか。
(7)中村富美子(ジャーナリスト)は、シャロン・バルズィノウ監督『514号室』(2012、イスラエル)も併せて紹介し、この映画にもイスラエル社会変革の可能性と、現に生じている小さな変化を見出している。
□中村富美子「イスラエル映画から見る 社会の混迷と変革の可能性」(「週刊金曜日」2013年2月1日号)
↓クリック、プリーズ。↓

(2)かつて社会主義を夢見た老夫妻。理想を葬ったイスラエルの現状に失望し、失意と貧困のなかで自殺を選ぶ。その最後の1日を『エピローグ』は描く。
エピソード1。若き日に革命を夢想した夫は、最後に妻にドレスを贈るべく、愛読書を手放そうとする。しかし、古書店では相手にされない。そんな時代遅れの本を読む者は、もうイスラエル社会にはいないのだ。
エピソード2.いつもの薬を買おうと薬局へ出かけた妻は、金が不足し、恥辱を味わう。だが、若い店員が自分の金をそっとレジに入れ、薬を彼女に渡した。
(3)映画は、現実の事件を下敷きにしている。2008年の経済危機後、年金が大幅にカットされ、160人もの高齢者が自ら命を絶った。
(4)イスラエルでは、貧富の格差が拡大している。
ここ20年の民営化、米国流の自由主義が背景にある。死海の資源をタダ同然で手にしたショール・アイゼンバーグのように、民営化は一部に巨大な富をもたらした。軍需産業、医薬品、ハイテク分野も好況で、イスラエルの昨年の経済成長率は3.3%にものぼる。
しかし、巨大な軍事費が財政を圧迫し、内実はギリシアの一歩手前だ。
国は、そのツケを公共サービスの民営化、教育や福祉の削減で解消しようとしてきた。ネタニネフ首相は、財務相だった10年前から、「障がい者、子ども、高齢者の福祉をカットすればいい」と放言してはばからなかった。そして、富裕層や大企業には減税を続けた。増税した消費税などが中産階級や貧困層を直撃した。生活物資の高騰は野放しになった。
(5)かくて、イスラエルの貧富の格差は米国を追い抜くまでに拡大した。国民の2割が貧困水準以下の生活を強いられ、しかも貧困層の6割はワーキング・プアだ。仕事が貧困からの脱出に繋がらず、社会保障も再配分の機能を失った。昨年も、福祉切り捨てに抗議する焼身自殺が相次いだ。
ホロコーストを生きのびた高齢者が、自分たちが建設した国家で生きていけないのだ。
昨年も、前年比2割増の150億ドルを軍事に費やし、より劇的な増税と福祉の削減を盛り込む予算案をネタニネフ首相は、もくろんでいる。
(6)マノール監督は、若者たちの新しい運動に希望を託す。縦型組織を作らず、リーダーもいないデモ、2011年夏にテルアビブで起きた数十万人規模のデモだ。776万人の人口からすると、日本では1,000万人規模のデモとなる。
マノール監督は、社会変革のため、社会を変える教育が必要だ、という。その教育の理想を、前世紀初頭の社会主義のコーポラティブ(協同組合)に見る。はたして建国の理想であるシオニズムは、内包する植民地主義を超え、その社会主義の夢を取り戻せるか。
(7)中村富美子(ジャーナリスト)は、シャロン・バルズィノウ監督『514号室』(2012、イスラエル)も併せて紹介し、この映画にもイスラエル社会変革の可能性と、現に生じている小さな変化を見出している。
□中村富美子「イスラエル映画から見る 社会の混迷と変革の可能性」(「週刊金曜日」2013年2月1日号)
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