語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【政治】何事も学ばず、何事も忘れない自民党 ~公共事業~

2013年02月10日 | ●片山善博
 (1)安部新政権は景気対策の名のもとに公共事業を大判振る舞いする方針だ、と報じられている。先の首相所信表明演説でも、「機動的な財政政策」の必要性を強調し、補正予算の速やかな成立を促している。
 かつて自民党政権は、公共事業に大金を投じ、さしたる成果をもたらすことなく借金の山だけを残した。従来型の公共事業が似たような結果しかもたらさないことは、容易に想像がつく。

 (2)経済の疲弊と雇用情勢の厳しさは、大都市圏より地方圏で顕著だ。
 公共事業は、地方経済を蘇生させる原動力になりうるか。残念ながら、従来型の公共事業が地方経済を停滞から救うことは、まず、ない。土木建設事業者が一息つけること、必ずしも魅力的でない雇用が多少増えること、くらいの効果でしかない。
 <例>道路事業
  (a)予算の何割かは土地代に回る。通常、土地を売った地主が起業したり、人を雇ったりすることはない。売却代金は金融機関に預けられ、その資金の多くは国債購入に充てられている現状では、土地代が地方経済に及ぼす影響はほとんどない。
  (b)鉄、セメント、アスファルトなどの資材の大量調達も、地方経済に効果をもたらさない。例えば取県の場合、製鉄工場はないし鉄の鉱山もない。経済効果のほとんどは国内他地域あるいは海外に流出し、域内に留まることはない。
  (c)建設作業員の給与費は、確実に増える。しかし、公共事業費に占める人件費の割合は、事業にもよるが、さほど大きくはない。しかも、トンネルや橋梁などの大規模工事のほとんどは大手ゼネコンが受注し、地元業者は下請けか孫請けに甘んじる。そこに雇われる従業員の待遇は、決して恵まれたものではない。その乏しい雇用すらも、いずれ公共事業が縮小すればそこで途絶えてしまう。

 (3)景気対策としての公共事業に求められるのは即効性だ。その結果、地方では何が起こるか。
 <例>道路事業
  (a)地域住民にとって優先度が高いのは生活道路であることが多い。2012年4月、京都府亀岡市で登校中の児童がはねられ、3人死亡した。無免許居眠り運転に原因があるのは明らかだが、あの道路に段差のある歩道とガードレールが設置されていたら、事故は未然に防げた可能性がある。その後の調査によれば、全国の通学路にある危険箇所は7万か所にのぼる。
  (b)生活道路に歩道をつけるには時間がかかり、即効性は期待できない。   
  (c)安部総理所信表明演説において、補正予算の重点分野として「暮らしの安心・地域活性化」を強調した。しかし、生活道路などを安全にするための工事は、即効性が求められる景気対策の中では取り上げられ難い。こうした実情を総理はどれほど認識しているか。
  (d)国の各省の縦割りの弊害もある。県内で急がれる高速道路の建設には①国交省の予算が不足し、他方、県内ではこれ以上必要のない農道に係る②農水省の補助金に余裕がある場合で、②から①へ回す措置をとることが国にはできない。

 (4)片山教授は、総務大臣時代、国庫補助金改革を担当した。(3)-(d)のような弊害を除去する改革を行った。補助金をまとめて都道府県に配分し、その使途を都道府県に委ねる仕組みを取り入れた(「一括交付金」)。ムダは、都道府県で自主的に解消できることになった。
 さらに、これまでにない新しいタイプの一括交付金を構想していた。原発のない沖縄県など、道路などの従来型の公共事業より自然エネルギー開発の優先度が高い。エネルギー自給率を高めることができれば、富の域外流出を減らすことができる。地域経済の将来にもたらす効果は、すこぶる大きいはずだ。
 
 (5)ところが、安部政権はせっかくの一括交付金制度をはなから廃止し、十全の縦割り・ひも付き方式に戻す方針のようだ。国会議員が官僚に口を利き、地元に補助金を持ち帰る。こうした政治家と官僚の古い「ビジネスモデル」をまたぞろ復活させたいわけだ。先祖がえりというほかはない。
 いま各都道府県に対して政府は、補正予算が国会に提出されてもいないのに、既に予算の配分予定額を示し、事業予定箇所をリストアップするよう言っている。自然エネルギー開発などの新型事業は想定していないし、即効性の観点から今年度内に着手し来年度中に完成する事業に絞れ、と指示している。
 仕組みもやり方も以前と何も変わっていない。これでは疲弊した地域経済を救わず、生活道路は手つかずのまま残される。それでいて、各省縦割りの弊害と政治家の口利き利権だけは元気に甦ろうとしている。

 (6)何事も学ばず、何事も忘れず。革命とナポレオン帝政が終わった後に戻ってきたフランス貴族たちと同様、王政復古ならぬ政権復帰した自民党も、こと公共事業に関しては何も学んでいないし、何も忘れていない。

□片山善博(慶應義塾大学教授)「何事も学ばず、何事も忘れず ~何も変わらない公共事業 ~日本を診る」第41回~」(「世界」2013年3月号)
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