語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】第二次世界大戦後、20世紀の神学は圧倒的にカトリック主導 ~『思考法』(8)~

2018年07月25日 | ●佐藤優
【佐藤優】第二次世界大戦後、20世紀の神学は圧倒的にカトリック主導 ~『思考法』(8)~

 <そういうときに強いのは、近代の枠を超えている人たちです。ポストモダンを主張する人たちが、本当にポストモダンなのか。近代を超えているかどうか。それは近代が終焉してみないとわかりません。近代が終わって初めて、ああ、あれは近代現象だったのかと明らかになるでしょう。渦中にいる我々は、ポストモダンの萌芽があるのかどうかは、なんとなく予感することしかできないと思います。
 ただし、プレモダン、近代以前のことに関しては確実にわかります。カトリック教会はプレモダンです。カトリックの中のモダニズムは、基本はプレモダンです。それは19世紀の第一バチカン公会議で決まっています。カトリック教会とプロテスタント教会の決定的な違いは、第一バチカン公会議ではっきりしました。第一バチカン公会議まではいろいろい対立していたものの、カトリックとプロテスタントが再合同する可能性はあったわけですが。
 第一バチカン公会議では二つの重要な決定をしています。
 一番目は謬説表(びゅうせつひょう)。こうした言説は間違えているから、信者はこういう本は読まないように、こういうことは信じないようにというリストをつくりました。この謬説表の内容はどんどん変わっていきまして、今はほとんど意味がなくなっています。
 重要なのは、ここでも教皇の首位権の確立がされたことです。信仰と教会制度に関する事柄において、ローマ教皇の立場として発言したことに関しては、過ちがないものとみなされる。非常に限定された発想ですが、この不可謬性はプロテスタントからすると、絶対に認めることができない教義です。それはローマ教皇や信仰の事柄を含めて、人間は間違える可能性があるからである、とするからです。
 もう一つはマリアの無原罪の昇天に関して。要するにマリアに罪があるのかないのか。罪はない論理を徹底的に詰めると、既に天国に昇っているはずだということになります。
 この二点において、カトリックとそれ以外のキリスト教の間では、乗り越えることのできない溝ができました。プレモダンなカトリックの考え方として、近代の中において定式化する。ここは絶対に越えたらいけないんだ。どうしてかというと、そうなっているからなんだと。揺るぎなき権威であり、揺るぎなき絶対の真理を見つけることができたので、カトリックは強い。
 ナチスドイツが誕生してきた。ナチスドイツというのは、最初は大変に上手に知的な装いをしていました。ハイデッガーもナチスを支持した。プロテスタント神学ではフリードリヒ・ゴーガルテンもヒトラーを支持した。そしてゴーガルテンはドイツ・キリスト者の論理をつくっていった。
 ところがカトリックはナチスを支持しなかったわけです。ナチスが言っていることは、自然の秩序に反している。アドルフ・ヒトラーとローマ教皇とどちらが偉いのかと言ったら、ローマ教皇に決まっているじゃないか。それは疑問の余地がない。キリストの生まれ変わりはヒトラーであるという説など、どんな理由があろうと認められるわけがないと。だからこそカトリックからはショル兄妹(きょうだい)の白バラ運動のような抵抗運動が出てきたわけです。ナチスが旗揚げしたミュンヘンを中心に、命懸けの抵抗運動が出てきました。
 プロテスタントのほうでも、マルティン・ニーメラーやボンヘッファーなど、極一部抵抗した人たちはいます。しかしボンヘッファーの抵抗運動も、基本的には暗殺という手段を通じてプロイセン的なドイツを残すというものでした。では、ドイツのナショナルなものに対してはどう考えるのか。ヒトラーがいちばん尊敬したルターの極端な主観主義的な発想がなければ、ナチズムは生まれません。そこのところについてどう考えるのかになると、プロテスタントは説明できません。
 だから20世紀の神学は、第二次世界大戦後は圧倒的にカトリック主導です。カトリックの知的なインパクトを受けるかたちでプロテスタントがそれに応答していく。それが第二次世界大戦後の神学界の基本的なあり方で、今もその構造は変わっていません。第二次世界大戦前は、カール・バルトを中心とする弁証法神学の運動で、圧倒的にプロテスタントが知的主導権を握っていました。私も、このバルトやヨゼフ・ルクル・フロマートカなどの流れの最末端に連なっており、その意味においては1910年代から20年代の頭の神学的な遺産を食いつぶしているわけです。プロテスタントからはカトリックのような新たな知的営為が生まれてこない。そのカトリックの強さというのは、プレモダンであることです。>

□佐藤優『思考法 教養講座「歴史とは何か」』(角川新書、2018)の「第四講 近代〈モダン〉とは何か」の「第二次世界大戦後、20世紀の神学は圧倒的にカトリック主導」を引用

 【参考】
【佐藤優】対話によってイスラム過激派の脅威を解体していく ~『思考法』(5)~
【佐藤優】バチカンの大きな方針転換、「共産主義は敵」 ~『思考法』(4)~
【佐藤優】反知性主義の勃興 ~『思考法』(3)~
【佐藤優】AIに関連した宗教の具体例 ~『思考法』(2)~
【佐藤優】『思考法 教養講座「歴史とは何か」』の「新書版まえがき」

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする