第十三章(3)
菩提薩多 依般若波羅蜜多故
広い意味では全てが菩薩。
狭い意味では「幸せに向かう」事を意識して生きるモノ達だろうな。
この「意識する」っていうのが、あらゆる事に優先する。
「意識する」だけで、方向の確かさも速度も段違いになるのだ。
幸せに向かう事の具体的行動の一つに利他がある。
他の為に(も)生きる。
だがら、利他行が菩薩の生き方、ともいえる。
それほど立派な事じゃない。
地球上の生物としては、当たり前なのだ。
人類種だけが、かなり外れているだけだ。
つまり、仏教とは、当たり前の生き方を説いただけだ。
ブッちゃんは、理屈で話したのじゃない。
生物として、当たり前の生き方を話した。
人間だけが外れすぎていたので、当たり前が菩薩行となった。
こんなワシも、そんなアンタも菩薩なんだぜ。
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