水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

B・2・6

2006-02-04 22:24:58 | Weblog


心が満たされた人に友人はいないわ。
だって皆大切な相手ばかりで、友人と友人以外の人に分ける事ができないからよ。
友人が多い、少ないって悩む必要はないのよ。
という事は、「孤独」なんていうのも幻想というわけよ。
安心してね。一人でこの世は存在できないわ。

この世は多種多様が集まって、すべてに関係できる仕組みになっているのよ。
関係できたら友人よ。ここが理解できれば戦争は無くなるわ。
すべてと仲良くなるために、この世があるのよ。

「鏡よ鏡、アンタの友人に対して、いつまでも拗ねていては良くないわ」
「アンさん今まで、ご主人様とお言い! と威張っていたやないか」
「や~ね、ささいな言葉を覚えるものじゃないわ。
人間が小さくなるわよ」
「ワイ、鏡や!」

「ほら、鏡だとか人間だとかにこだわらないの。
つまらないモノしか映せなくなるわよ」
「うっ、言い返せない自分が悲しいわい」
「スランプね。手加減してあげましょうか?」
「そ、その追い討ちが、更に悔しいわい」

 
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」
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日常と非日常・5

2006-02-03 20:57:30 | Weblog


「非日常」を使いこなす。
それは、とても愉しい事だ。
それは、とても嬉しい事だ。
それは、とても気持ちいい事だ。
「生命」が愉しい、嬉しい、気持ちいい。

しかし・・・社会常識の範囲外だ。
社会と非社会を往復して愉しむ。
それを「いいかげん」という。
社会的評価、他人の目を気にするタイプは無理だ。
一本、外れている事を自覚してこそ愉しめる。

だが外れっぱなしのタイプは自滅する。
人は社会の中で生きるように創られている。
社会の中で生きるように創られているが、
社会の中だけでは弱化する。
この世を創ったグレちゃんはオチャメなんだぜ。

オチャメにはオチャメで合わすのがいい。
どうせ大した人生を送るわけじゃないだろ?
ならば、オチャメに生きようぜ。
神様ってのは、そういう人間に微笑むもんだ。

神様の微笑み。
それが「生命力の活性」なんだ。
「生命即神」
この言葉の意味は深いぜ。

「非日常」は「非常識」。
だが「非常識」な人間になるのは間違いだ。
「非常識」な生き方も間違いだ。
ウソだと思ったら「非常識」で生きてみな。
とても生き難いはずだ。
生き難くて、幸せになれるはずがない。

 
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」
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日常と非日常・4

2006-02-02 19:58:00 | Weblog


「非日常」は非常識だ・・・。
社会通念が通用しない。
時には時も通用しない。
ありえない事がありえる・・・。
デタラメなヤツだ・・・。

「非日常」との出会い。
固定概念が解放される。
概念は「生命」を縛っていた。
「生命」が解放される。
「生命」は躍動が本性だ。
「生命」は活性する。

ただし・・・。
ここが大事な点だぜ。
「生命」は「日常」で生きるモノだ。
つまり「日常」に戻らなくては意味がない。
「非日常」は「日常」の為にあるのだ。

「非日常」はタマに出会うモノだ。
そして「日常」に帰ってきて活きるモノだ。
「非日常」は薬味のようなモノだ。
薬味だけを味わおうとするのは、アホだ。
薬味は薬味の存在理由がある。

「非日常」は受身で出会う事もある。
だが創り出す事もできる。
「非日常」の意味と役目が判れば、
「日常」の愉しみ(幸せ)を引き出せる。
「生命」の活性を引き出せる。

マジメな人は生命力が弱い傾向がある。
マジメな人は病になりやすい傾向がある。
固定概念(日常)だけにしがみつくからだ。
いい、悪いの問題ではない。
「生命」の問題なのだ。

 
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」
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日常と非日常・3

2006-02-01 19:50:07 | Weblog

生命を活かす。
それを「生活」という。
「日常」は生活の基本だ。
だが「日常」は、時に苦しくなる。
時に辛くなる。

苦しみ
辛さ
ネガティブな感情は生命力を衰退させる。
だが、感情は通常コントロール出来ない。
沸き起こる時間が極端に少ないからだ。
沸き起こってからなら、静める事は出来る。

もう一つ。
感情は繰り返すと癖になる。
何度も苦しみを味わうと、すぐ苦しみを呼べる。
ウソだと思ったら、試してごらん・・・。
アナタは苦しみの達人になれる・・・。

人は幸せを呼ぶより、苦しみを呼ぶ方が得意なのだ。
子供の時はそうではなかったのに・・・。
子供(素直・自然体)は幸せを呼ぶ方が得意なのだ。
大人になるほど、人はヒネクレている・・・。
苦しみが好きなのかなぁ・・・。

まぁ、苦しみを集める趣味は各自の勝手だ。
だが、ワシの仕事は「生命力の活性」だ。
依頼されれば、治療も指導も引き受ける。
苦しみからの解放。
それほど難しい仕事ではない。

方法は山ほどある。
海ほど広く用意されている。
ワシが出来るのはその一部だ。
それでも、幾つもある。
その一つに「非日常」の使い方がある。

 
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」
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