Katy pe rry-Roar
夢をあきらめないで:岡村孝子
「朝顔」「昼顔」「夕顔」「夜顔」の中で、仲間外れは???
「朝顔:アサガオ」~奈良時代に薬として渡来。 江戸時代には観賞用に、今は品種改良で色も様々。
「昼顔:ヒルガオ」~地下茎で増える。 可愛らしい花だけど、雑草扱い。 畑や浜辺でひっそりと咲く花。
「夕顔:ユウガオ」~この花の果実は、大きな瓢箪状の実が生り、食用の干瓢(かんぴょう)になる。
夜顔:ヨルガオ~闇夜に香りを放つ花。 夕方から咲き始め、朝には萎んでしまう「夜の花」
(お借りした画像です。)
どれもよく似た花ですが、この中で仲間外れは「夕顔」です。 ウリ科夕顔属の植物。 他は朝顔・昼顔・夜顔はヒルガオ科の植物。
映画「昼 顔」 カトリーヌ・ドヌーヴ
8・18の早朝(4:00)に、目が覚めてしまった。 ワンコに餌を食べさせると二度寝は出来なくなってしまった。 そこで、TVをつける。 放映中だったのが、私の好きなフランスの大女優 カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『昼 顔』をやっていた、観始じめたらラストシーンまで・・・止まらない。 観賞しつつ検索して見ると、1967年公開の第28回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した作品とのことである。
昼は娼婦、夜は貞淑な妻の顔を持つ、若き人妻(セブリーヌ)の二重生活を、主演のカトリーヌ・ドヌーブが見事に演じている。
この作品の映画化には多くの監督が難色を示したらしい。 、しかし、ルイス・ブニュエル監督は、「原作にフロイト的な解釈を加えて、良心とセックスの関係性を描く」ということをコンセプトに、映画化を承諾したという。 ジョセフ・ケッセルの同名小説を映画化したものである。
・・・あらすじ(ネタバレ注意)・・・
セブリーヌは裕福な医者の夫と、何一つ不自由のない暮らしを送っていたが、その一方でマゾヒスティックな妄想にとらわれていた。 そんなある日、パリにある娼館の噂を聞いた彼女は、好奇心から密かに足を運び、女主人と「昼顔」という偽名で働くことを約束する。 但し、夫が不在の午後5時までとの条件付きで。 封印してきた性を解放することで、夫への愛情も深まり、満ち足りた気分を味わうセブリーヌだったが・・・ある日、店に客の一人として現れた、横柄で人殺しも厭わない乱暴者の、チンピラ、マルセル(ピエール・クレマンティ)とベッドインする。 マルセルはセブリーヌが忘れられなくなり、次第にストーカーに転じて、自宅まで乗り込むのであった。。。。。ラストは、観てのお楽しみと言う事で。
なお、この映画のリメーク版は、日本でも上戸彩主演で、制作されているそうな。
映画「君の名は」
ラジオドラマでは放送冒頭に毎回、『忘却とは忘れ去ることなり。 忘れ得ずして 忘却を誓う心の悲しさよ』・・・・・この有名なナレーションで始まる『君の名は』。
1952年(昭和27年)に始まったNHKラジオドラマなのですが、翌年には、主演:佐田啓二・ヒロイン:岸恵子で松竹映画社が制作しています。
公開当時、私は大人のドラマの何たるかも、勿論、知るよしもなく、それでも妙に記憶に鮮明なのは、兄や姉からの刷り込みなのか、それとも、後年映画を見た際の、印象なのか定かではありません。 確かに「ラジオドラマが始まる時間帯になると、女湯が空になる。」と言われていた様な気がします。 ヒロイン:真知子(岸恵子)の 「真知子巻き」が大変な人気であったことは何故かよく覚えています。
そんなこんなで、レンタル店で見付けたのが、この映画「君の名は」・・・まだ有ったとは驚きでもありました。 主演の佐田啓二(後宮春樹) ヒロインの岸恵子(氏家真知子)の演じるメロドラマ(今で言うラヴロマンス)です。 純な愛の物語なのですが、男女のすれ違いを巧みに描き、「ドラマは、これから一体どうなっていくのだろうか???・・・」との、視聴者心理を巧みに突いた演出となっていました。(確かに戦後、娯楽の少なかった時代のラジオドラマとしては、出色の脚本によるドラマかと・・・思う訳です)
~あらすじ~
昭和20年5月24日の空襲の中で、偶然に出会った若い男女が、戦火の中を手に手をとって逃げ惑い、防空壕で一夜を明かします。 そして別れる際に、銀座の数寄屋橋の上で、春樹が「もし生きていたら、半年後の24日にここでお逢いしませんか。」と聞き、女性も「ええ、もし生きていたら・・・」と応えて去っていくのでした。
女性の後ろ姿に『君の名は・・・』と尋ねるのだが、空襲のサイレンが鳴り響き、慌ただしい喧騒の中で、お互いに名乗れないまま別れて行きます。 そして・・・・・約束の、半年後の再会の日、真知子は空襲で親を亡くし親戚の叔父を頼って佐渡へ渡る船上から、遠い東京を見詰めていました。 一方、春樹は約束の数寄屋橋へ行き、真知子をひたすら待ち続けるのですが、真知子は遂に現れません。 映画は、北海道から九州まで西に東に舞台を移しながら、男女それぞれの人生の紆余曲折を経ながら、展開して行くのでした。
一日違いで約束の場所へ行けなかったり・・・・・やっと会えた時には、真知子が結婚式を明日に控えていたり・・・・・次に再開する時には身ごもっていたり、夫の策略で遠ざけられたり・・・と、ストーリーは至って単純なのだが、徹底した「すれ違い」を軸にストーリーは展開される。 いかにも戦後間もない恋愛映画らしく、この時代の、真っ正直で純朴な日本人の‘愛‘が描かれた映画でもあるのでした。
この映画の鑑賞には、相当の時間を要します。 主演の佐田啓二は、『喜びも悲しみも幾歳月』など、当代随一の売れっ子スターであったが、事故で38歳という若さで世を去っている。 ちなみに俳優・中井貴一(58歳)、貴恵の父君でもある。(中井貴一は、今見ると父親そっくりになって来た様な気がします。)
※この記事は2015・11・17に、一度取り上げていますが、当時のGOOブログは、画像ホルダーを一度誤って削除すると、本文上の画像も消去される仕組みとなっており、誤って消去した為、画像無しの記事となっており、気になっていたので、再UPした次第です。
おはようございます。 いかがお過ごしでしょうか
コロナ、なかなか終わりそうにありません。 マスク・手洗い・三蜜避けて、無事ここを乗り切りましょう。
8月16日は送り盆の日。
今年は近縁の者が旅立った、なので 精霊流し(松江では、灯篭流し)に行って来た。 宍道湖岸に着くとちょっと様子が違う。 もしやと思って検索してみると、:今年はコロナで中止になったそうである: 例年そんなに人出が多い訳でもないのに、こんな所にも影響が出ているんだ。 仕方ないから持参のカメラで夜景でも撮って見ることにした。
(松江市役所方向から宍道湖大橋を望む~夜景)
今回初めて使ったのが「スペシャルモードシーン」、撮影時には、街の灯りが見える程度のかなり暗い撮影環境。 1枚撮ってはライブビューで確認。 これならまずまずいける。
松江大橋を写す。
松江大橋は、独特の造りの写せる昼間撮影が、より一層いいみたい。
今回学んだのは夜景撮影と写真撮影の「黄金比率」
一つ一つ学んで行こう。
同じカメラでプロが写した写真
今日も、暑い一日となりそうです。 も~う、しばらくの辛抱だと思います。
熱中症に気を付け、ぼちぼち行きましょう。
ポーチュラカ(ハナスベリヒユ)
「ポーチュラカ」は、シャモジ形で多肉質の葉と茎をもち、酷暑の夏にも負けません。 強い日差しにも負けずに成長するのです。 暑さや乾燥に非常~に強い植物(園芸種)なのです。 地表を覆うように育ち、ハナスベリヒユとも呼ばれています。 「ポーチュラカ」の原種とされる「スベリヒユ」は、畑の雑草として今は駆除されていますが、(畑を、良く見てみよう。 極小さな黄色い花をつけるスベリヒユがあります。)
(スベリヒユ)
葉や茎・花の姿がよく似ていることから、「ポーチュラカ」の原種とされることもあります。 この「スベリヒユ」は、畑にたくさん咲いており、栄養価も高く、昔、食用としておひたし? か何かで食べたことが有ります。
ポーチュラカは、日光を好み日当たりの悪い場所や、天候のよくない日は花が咲きません。 朝に咲いた花は、午後にはしおれてしまう性質でしたが、近年では、夕方まで咲き続ける品種が多く出回るようになりました。 これによく似た花に「マツバボタン」があります。
夏の盛りに咲く「ポーチュラカ」・・・「ポーチュラカ」を描いて見た。
庭の片隅に咲いている・・・「ポーチュラカ」
若者に絶大な人気を誇る~ビリー アイリッシュ(グラミー賞歌手)
ジャン テルヴィル夫人の肖像 (模 写)
2015年に島根県立美術館で開かれた『ベルギー近代美術の精華展』、 約80点に及ぶ作品群は、姫路立美術館の所蔵作品であった。 社会の現実をありのままに描こうとする試み、19世紀半ば、クールベによって導かれ、その影響を受けてベルギーでも大きく発展した。 産業革命や都市化などの拡大による、社会状況が大きく反映させているとのこと。 従って、展示作品の表現方法も多彩であり、油彩・パステル・鉛筆水彩・クレヨンなど、様々な画材によって描かれている名画である。 私が取り組んでいる、色鉛筆画の習作として、作者ジャン・デルヴィルの「ジャン・デルヴィル夫人の肖像」を模写してみた。(実際には、この絵はクレヨンで描かれているのです。)
(2015年に模写:加 筆:再 掲)
庭先の餌台で朝の食事を摂ったキジバト、水浴びをした後、羽干しと昼寝をしスッキリして帰って行きました。 まるで三食、昼寝付きの贅沢三昧です。
廃 船(水彩画)
(手直し水彩画:再掲)
この絵は、2012年頃の夏のある日、(ブログを始めて2年目)弓ヶ浜半島に行った時に、砂浜に放置された「廃船」を描いたものです。 この頃は、毎日1日1枚ペースで描き上げてUPしたものです。 思えば懐かしい。 あの頃。
フランク永井:「君恋し」 「夜霧の第二国道」
フランク永井のヒット曲に、「夜霧の第二国道」:(昭和31年発売)という曲があるのをご存知だろうか。 そこで実際に「第二国道」と云うのが有るのか調べて見ました。 国道2号線(大阪市~北九州市)と思いきや、この曲の舞台は、国道1号だそうだ。 この曲が出た当時、国道1号は、元の京浜国道(15号)に並走する道と云うことで、第二国道と呼ばれていたのだった。
ミノバト:蓑鳩
東南アジア、インドネシア、ベンガル湾に浮かぶインド領のニコバル諸島などに生息し、別名「ニコバルバト」という。 絶滅したドードーの近縁種である。 ミノバトは虹色の光沢の羽を持つとてもカラフルな鳩。 現在では個体数が減少し、準絶滅危惧種に指定されている。 インド洋の沖合の小島で、群れを形成し島から島へと渡りながら暮らす美しい鳩である。
群れで周辺の島々を渡りながら暮らす。 捕食者のいない沖の小島で休み、日中は食べ物を探して過ごすという。 かつては名前の由来であるニコバル諸島に、大規模なコロニーが見つかり保護区となっていたが、2004年のインド洋大津波によって人も鳥も大きな被害を受けたそうだ。
ミノバトは食肉としてだけではなく、砂嚢の胃石を宝石として珍重する人々により狩りの対象になっている可能性が高く、かつ珍しい鳩として罠にかけてペット市場に売られるなどの違法な取引がなされている。さらに繁殖地となっている島の環境も開発の影響で損なわれるなどの要因から個体数は減少傾向にあり、現在は準絶滅危惧に指定されている。
日本では背部の羽毛が蓑に似ていることからミノバトと呼ばれているこの鳩は、インド洋にあるニコバル諸島やマレー諸島、ソロモン諸島やパラオに生息していることから、海外ではニコバルピジョン(ニコバルバト)という名で呼ばれている。ハト科のなかでは17世紀末に絶滅したとされているドードーに最も近縁の鳥といわれている。
体長およそ40cmで、脚は暗緑色で頭部は灰色、首の周りは緑と赤銅色が入り混じっており、尾の部分は白く、その他の部分は金属的な光沢の緑色という珍しい配色の鳩だ。
日本では福岡動物園や上野動物園で、飼育鳥として大切に飼育されているそうなので、機会があったら是非見てみたい鳥です。
レース鬼灯
お盆でご先祖様達を迎えるために、足元を照らして、我が家に迎え入れる道しるべの「ほおづき:鬼灯」
「ほおづき」を、使って「透かしほおづき」を作って見よう。
(作り方)
①新鮮なほおづきの実 ②瓶などの容器(ほおづきの実がすべて浸かる大きさのもの) ③水(適量)
(作成手順)
〇容器(瓶等)に「ほおづき」の実をに入れて、すべてが水に浸るまで水を入れ ます。 ※必ず実がすべて浸かるようにしましょう。 空気に触れた部分があると、黒ずんでしまうことがあります。
〇1週間から10日ほどそのまま置いておきます。(水の中で腐らせるので、当然臭いので(笑) ラップなどで蓋をしておきましょう。)
〇様子を見て水が濁っていたら、ほおづきを取り出し、流水で優しく洗い流します。 (中の果実を残して、ほとんど葉脈だけの姿になりました。)
〇残った組織は、柔らかい歯ブラシで「ほおづき」の繊維が破れない様に優しく洗い流します。 ※シミが残ったらは漂白剤に浸けると良いでしょう。
こんな感じの「透かしほおづき」が完成です。
女性の方は是非作ってみて下さい。 インテリヤにも良いと思います。
世界で一番美しい鳥
”火の鳥の生き血を飲むと、不老不死になれる”という設定のもと、古代から、35世紀までの遥か未来までの「火の鳥の存在に翻弄される主人公たち」が語られ、宇宙、地球、社会、人の生き様、死に様などが描かれています。 実に34年もの長い歳月を経て描き続けられた壮大なストーリー「火の鳥」。 そのストーリーをつなぐ火の鳥(不死鳥)のモデルとして、”世界一美しい鳥” ケツァールに、筆者(手塚治虫)は注目し構想を練ったことでしょう。(宝塚市の手塚治虫記念館には、このケツァール(火の鳥)の銅像があるそうです。)
まだまだ・・・つづく
七色に輝く羽が美しい鳥・「ミノバト」です。
卑 怯・・・鳥ではなくて、花かよ。
でも、やっぱりお花も・・・美しい!
世界の野鳥の、ことども
この鳥は、「コトドリ」コトドリ科に属する野鳥で、オーストラリア東海岸、を中心に、森林地帯に生息する。 1950年前後に移入された。 オーストラリア固有種の野鳥。
地上で、腐葉土や腐った木の枝を、脚で後ろに掻き出しながら、地中の昆虫やミミズなどの無脊椎動物を探しだし捕食する。 繁殖期になると雄は、1mほどの塚を落ち葉や枯れ木などをかき集めて作り、その上で求愛行動を行う。 求愛行動は飾り羽のついた尾羽を上に持ち上げ、飾り羽を自分の体の上に覆うようにし、他の鳥類の鳴き声をまねながらダンスをする。
個体によっては人が発する言語の他、カメラのシャッター音、チェーンソーの音、車のブレーキ音など人工的な音を真似出来る事も知られている。 雌は1羽で巣を作り、一回の産卵で1つの卵を産み、子育てを行う。 中でも最大の特徴は、鳴き真似では、オウム・キュウカンチョウ・インコ等よりも、ダントツの鳴き真似上手で、オーストラリアの貨幣や切手にもなっているそうです。
(写真はお借りして来ました。)
この長い爪で、ミミズなどを掻き出し、捕食するそうな。
世界にはまだまだ知らない野鳥が沢山居ます。
つづく
野 兎(ニホンノウサギ)
昨日、山道を超えて海へと向かう途中でのこと、車の前を黒い影が、突然飛び跳ねながら横切ったのです。 よく見ると「野 兎」でした。 もう少しで轢きそうになりました。 車を停めても逃げません。 帰宅後、画像処理の過程で気付きました。 少しお腹が膨らんでおり。 お腹に赤ちゃんが居る「ニホンノウサギ」みたいです。 危害を加えられる恐れが無いと、判断したのでしょうか。 道路をピョンピョンと横切って、もとの草むらに戻って行き、しばらく蔓草の葉(ムベの葉)を食べていましたが・・・また藪の中に消えて行きました。
ガードレールの下を潜って、藪へ消えて行くかと思いきや・・・
もと来た道へ脱兎のごとく戻って行き・・・
しばらくの間、蔓草(ムベの葉)をムシャムシャ食べていましたが、その内、雑木林の中に消えて行きました。
やがて来る、出産のために備えて、栄養をとっていたのでしょうか。
・・・豆知識・・・
二ホンノウサギの中には : キュウシュウノウサギ(長崎)・トウホクノウサギ(東北・日本海側)・サドノウサギ(佐渡島)・オキノウサギ(隠岐諸島)の四種類があるそうです。
東北地方や日本海側の積雪地帯、佐渡島の個体群は、冬季に全身の毛衣が白くなる。 積雪する地域では、秋頃より体毛の色が抜け落ちはじめ、冬には耳介の先端の黒い体毛部分を除き白化し、早春頃より白い体毛が抜け、徐々に赤褐色から茶褐色の体毛が生えてくる。
主に低山地から山地の草原や森林などに生息する。 群れは形成せず単独で生活する。 特定の巣は持たないが、ねぐらを中心に半径が約400メートルの範囲で行動する。夜行性で、昼間は藪や木の根元などで休む。 天敵としてはキツネ、オコジョ、イヌワシ、クマタカなどが挙げられる。 食性は植物食で、葉、芽、樹皮などを食べる。 (出典:Wikipedia)
夜行性だからなのでしょうか。 野兎を間近で見たのは、初めてのことでした。
隠岐諸島
今日は野を超え山越え、島根半島の港町に行ってきました。 よくは晴れた日には、隠岐諸島が見えるので期待していましたが、霞の向こうにうすボンヤリと見えておりました。 ちなみに隠岐諸島と本土間の距離は50㎞で、長崎市&対馬間の178㎞には及びません。
この風光明媚な島は、かつては倒幕に失敗した「後鳥羽上皇」と「後醍醐天皇」が配流になった島です。 私も約3年半、道後の島に配流になっておりました。(笑) 懐かしい。
(左が島前・右が島後です。)
小さく白く見えるのが、本土と隠岐の島 ↓ を結ぶ、隠岐汽船のフェリー です。
山を越え、辿り着いたのが「御津ノ浦」の漁村です。
三連休も最後の一日とあって、浜辺は子供連れの海水浴客で賑わっておりました。
港にカモメは・・・やっぱりお似合いです。
帰りの道脇に、ノカンゾウの花が咲いておりました。 この花の若葉は、食用として、昔、母が「ヌタ料理」を作ってくれたことを・・・不覚にも思い出してしまいました。