(毎日新聞 2010年1月13日 東京朝刊)
インドネシア東部パプア州で高地先住民の起業支援に携わる国際労働機関(ILO)の担当者が言う。「商品を売ったら料金を取り、店と家庭の会計は分けるという商売の基本が身に着かず、最初の段階でつまずいてしまう」。外との交易も乏しく、貨幣経済に組み込まれて日も浅い。高地の中心ワメナの街では、路上で農作物を売る女性か、ベチャと呼ばれる自転車タクシーを走らせる男性以外、先住民の働く姿を見るのはまれだ。
店を構えるのは、ジャワ、スマトラなどからの入植者ばかり。北スマトラの商都メダン近郊出身のマヌルンさん(38)は90年代に移住、10年で自分の食料品店を持った。「故郷は競争が激しいが、ここは商売しやすい」と言う。陸の孤島ワメナの物資は空路頼り。「油も米も大量に注文し、小分けして利を乗せて売るだけ。簡単さ」。入植者は増え続け、県によると、ワメナの人口約6万人の7割近くを占める。
中央政府にも先住民の就業援助制度がある。だが、実態は定期的に補助金がばらまかれるだけ。その金が結局、入植者の店で消費される。
ワメナには周辺地域の若者もやってくる。父の死で学校に行けなくなったマス君(16)は2年前、徒歩3日のマキから来た。職を得て、学業を続けるつもりだったが、住む場所もなく、路上生活となった。こうした若者は数百人にも及ぶ。
今、マス君は仲間と路上で自動車を洗い、1台あたり1万5000ルピア(約150円)を手にする。稼ぎは日に500円以下。楽しみは接着剤(シンナー)吸引と、ヤシの一種ビンロウの実をかむことぐらいだ。シンナーの害はもちろんだが、ビンロウも口腔(こうくう)がんの原因になるとされる。「体に悪いのは知ってます。でも、接着剤は空腹しのぎになるし、ビンロウは体が温まるので」。ワメナは標高1500メートルで、朝晩は息が白くなるほど冷え込むことが珍しくない。
ゴミ処分場には、ビニールやプラスチックがあふれかえる。かつて野菜くずなどをあさっていたブタは今、ペットボトルの容器をいつまでもかみ続けている。急激な変化が、高地にさまざまなひずみをもたらしている。【ワメナで井田純】
http://mainichi.jp/select/world/news/20100113ddm007030066000c.html
インドネシア東部パプア州で高地先住民の起業支援に携わる国際労働機関(ILO)の担当者が言う。「商品を売ったら料金を取り、店と家庭の会計は分けるという商売の基本が身に着かず、最初の段階でつまずいてしまう」。外との交易も乏しく、貨幣経済に組み込まれて日も浅い。高地の中心ワメナの街では、路上で農作物を売る女性か、ベチャと呼ばれる自転車タクシーを走らせる男性以外、先住民の働く姿を見るのはまれだ。
店を構えるのは、ジャワ、スマトラなどからの入植者ばかり。北スマトラの商都メダン近郊出身のマヌルンさん(38)は90年代に移住、10年で自分の食料品店を持った。「故郷は競争が激しいが、ここは商売しやすい」と言う。陸の孤島ワメナの物資は空路頼り。「油も米も大量に注文し、小分けして利を乗せて売るだけ。簡単さ」。入植者は増え続け、県によると、ワメナの人口約6万人の7割近くを占める。
中央政府にも先住民の就業援助制度がある。だが、実態は定期的に補助金がばらまかれるだけ。その金が結局、入植者の店で消費される。
ワメナには周辺地域の若者もやってくる。父の死で学校に行けなくなったマス君(16)は2年前、徒歩3日のマキから来た。職を得て、学業を続けるつもりだったが、住む場所もなく、路上生活となった。こうした若者は数百人にも及ぶ。
今、マス君は仲間と路上で自動車を洗い、1台あたり1万5000ルピア(約150円)を手にする。稼ぎは日に500円以下。楽しみは接着剤(シンナー)吸引と、ヤシの一種ビンロウの実をかむことぐらいだ。シンナーの害はもちろんだが、ビンロウも口腔(こうくう)がんの原因になるとされる。「体に悪いのは知ってます。でも、接着剤は空腹しのぎになるし、ビンロウは体が温まるので」。ワメナは標高1500メートルで、朝晩は息が白くなるほど冷え込むことが珍しくない。
ゴミ処分場には、ビニールやプラスチックがあふれかえる。かつて野菜くずなどをあさっていたブタは今、ペットボトルの容器をいつまでもかみ続けている。急激な変化が、高地にさまざまなひずみをもたらしている。【ワメナで井田純】
http://mainichi.jp/select/world/news/20100113ddm007030066000c.html