毎日新聞 2021/07/12 07:00
アイヌ民族としての思いを語る平取アイヌ協会会長の木村英彦さん=平取町で2021年7月4日午後5時20分、高橋由衣撮影(毎日新聞)
北海道白老町の民族共生象徴空間(ウポポイ)が12日で開業1年を迎える。「大勢で歌う」を意味するウポポイ。差別せず権利を認め合い、みなが肩を組んで歌うような世界の実現に何が必要か。この節目に、アイヌの人々を取り巻く課題を探る。
「ちょっと行くか」。子どもの頃、アイヌとして生きた祖父が唐突に言った。森林の獣道を一緒に歩いた。山頂にたどり着くと、眼下に自分たちが暮らす集落が広がっていた――。
約45年前の出来事。平取町二風谷地区に生まれ育った木村英彦さん(57)は「あれ一度きりだった。おっかないじいさんが、山に連れて行ってくれた」と思いを巡らせた。
明治以降、政府の同化政策でアイヌ固有の生活や文化を奪われた時代をよく知る祖父。祖母との夫婦げんかはアイヌ語だったが、孫を前にアイヌについて語ることはなかった。「今思えば、自分が小さい時に教わったことを伝えようとしていたのかもしれない」
祖父は何を見て育ち、どんな生活を送っていたのか。「祖先やルーツに誇りを持っているからこそ、体験したい」。この思いを後押ししたのが、2019年5月に施行されたアイヌ施策推進法(アイヌ新法)だ。
同法に基づき、民族共生象徴空間(ウポポイ)が20年7月に誕生した。同時に「アイヌ施策推進地域計画」とこれに伴う「アイヌ政策推進交付金」の制度が策定された。アイヌの文化振興などの事業が国に認められれば、市町村は交付金を受けられる制度だ。
平取町はこの制度を活用し、国有林の中で、かつてアイヌ文化が形成された森の再生事業に年間約4000万円を支出。木村さんが会長を務める平取アイヌ協会や道森林管理局と共に約10年前から進めてきた森林再生事業が本格化した。
当時群生していたアイヌの伝統織物「アットゥシ」に使われるオヒョウや木彫り「イタ」の原料となるクルミ、カツラの苗を500本以上植えた。事業を担う平取町アイヌ文化振興公社は「これまで財源が確保できず継続的な実施ができなかった植樹や生態調査、人材確保などが可能になった」と評価する。
だが、苗が成長してもアイヌの伝統工芸品に使うことはできない。制度は、特例措置として国有林の中で木の枝を採るなどの「共用」を認めているが、伝統的な「儀式」や「文化振興」などに用途を限定しているためだ。木村さんは「正直、国有林で採れるものにはほとんど使い道はない」。
そもそも国有林における「共用林野」は、国有林野法を根拠に「土地利用の高度化を図る」もので、アイヌなど地域に根ざした集団の慣習的な権利を保障するものではない。
アイヌ文化振興法(1997年施行)の流れをくむアイヌ新法は、アイヌを日本の先住民族として初めて明記したが、アイヌ文化の伝承や地域振興に主眼が置かれ、権利回復の措置は盛り込まれなかった。
恵泉女学園大の上村英明教授(国際人権法)は「法律が変わっても文化振興という目的は変わっていない。共用林野の制度に見られるように、元からある国の制度にアイヌを組み込んでいくという上から目線の構造に変わりはなく、アイヌ本来の権利を保障する制度になっていない」と批判する。
新法施行後、道内では明治以前のアイヌの権利回復を求める動きが相次ぐ。紋別アイヌ協会の畠山敏会長は19年9月、サケ捕獲は明治政府のアイヌ同化政策以来奪われた権利と主張し、道に申請せず儀式のためのサケを捕獲。道内水面漁業調整規則違反などの疑いで書類送検され、不起訴となった。
20年8月には、浦幌町のアイヌ民族団体「ラポロアイヌネイション」が、河川でのサケ捕獲は先住民族が持つ「先住権」だとして、法などで禁止されないことの確認を国と道に求めた訴訟を起こし、札幌地裁で係争中だ。
こうした動きについて、上村教授は「アイヌが先住権を主張し、国が向き合うことによって、国民が歴史的問題を本質的に考えるきっかけになる」と重要視した上で「アイヌの人々が本当に望んでいることは何か、国が最低1年かけて公聴会を開くなどして各地のアイヌの意見を真摯(しんし)に聞き、改善していく必要がある」と指摘する。
「アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活することができ、その誇りが尊重される社会の実現」
こう目的を記すアイヌ新法は、施行5年後に必要に応じて見直される。木村さんは2024年を見据え言った。「今のアイヌがどんな権利を望んでいるのか、どこまで権利を渡していいのか議論を進める必要がある」【高橋由衣】
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