ブックバン 2/5(水) 6:00
「今年この一冊に出合えたことに感謝したい」、と心から思えた一冊をご紹介したい。
16世紀、蠣崎氏が渡島半島東西両岸のアイヌの代表を首長と認め、 本州や他国との交易で徴収した関税の一部を「夷役」としてアイヌの首長に分配することなどを定めた和平協定「夷狄商舶往還法度」。これを題材とした『円かなる大地』(武川佑著/講談社)である。
「夷狄商舶往還法度」は、和人の拠点である十二の館のうち十まで陥としたコシャマインの戦い、和人の本拠地・大館まで攻めあがったショヤ・コウジ兄弟の戦い、そして舅と娘婿にわたって抗ったタナサカシとタリコナによるエサウシイの戦いという、移住和人と先住民たるアイヌによる三つの民族戦争に連なる第四の戦の後に結ばれた和平協定である。
蠣崎氏とアイヌを調停し、この和平協定の立会人となったのは出羽の戦国大名・安東舜季だ。侵略する者とされる者が争いを繰り返すことで生み出した憎悪を乗り越え、「とこしえの和睦」を結ぶに至った経緯は、史実に即したものとなっている。
本書は、史料に乏しい蠣崎氏の娘・稲姫と架空の人物であるシラウキを主人公に据えることで、この歴史的な「とこしえの和睦」に至る出来事を、エンターテイメントに仕立てた傑作だ。
物語は、アイヌ民族の婚礼のさなか、幼い娘が四ツ爪の羆に襲われ命を落とす場面からはじまる。羆を追い仕留めに向かうのが主人公の一人である謎多きアイヌの壮年・シラウキである。
その道中、シラウキは羆の襲撃を受けるが、そこで助けた少女は、この地を治める和人・蠣崎季廣の娘である稲姫だった。礼として居城に招かれるが、それが和人とアイヌの戦の引き金となってしまう。
度重なる和人の策略により、蔑まれ、苦しめられたアイヌの人々の和人に対する不信感は根深いが、稲姫の疑問や葛藤、心の揺らぎの末の覚悟がそれを解きほぐしてゆく。終盤、アイヌの首長チコモタインが蠣崎季廣に「和人を信じる。(中略)あなたが勇気を見せるなら」と言うに至るまでの濃密な物語は、ぜひ読んで確かめていただきたい。
滅びてよい文化などなく、支配されるべき民族などいない。争いが絶えない現代社会において、異文化間で互いに理解することの必要性を強く感じる物語だった。
歴史は個々人それぞれの都合がランダムに集積されるものであり、それぞれの生き様から見える景色を寄せ集めていくことで、時代らしきものが浮かびあがってくる。著者が稲姫とシラウキの二人に託した想いに、時代小説の神髄があるのではないだろうか。
最後にもう一度、今年この一冊に出合えたことに感謝したい。
[レビュアー]田口幹人(書店人)
協力:新潮社 新潮社 小説新潮
Book Bang編集部
新潮社
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