六辻彰二 国際政治学者 2/5(水) 8:01
- 米トランプ政権は「黒人による白人への差別」を理由に、南アフリカ向け支援の停止を警告した。
- 南アフリカでは1月、補償なしに土地を収用できる法律が成立し、その対象には白人所有地も含まれるとみられている。
- ただし、アメリカの強い拒絶反応は南アフリカにとって想定の範囲内で、あえて土地収用法を成立させたと考えられる。
「土地を没収しようとしている」
米トランプ大統領は2月2日、南アフリカ(南ア)向けの開発協力を無期限に停止すると発表した。
その理由は「土地を没収して、特定の人々をとても劣悪に扱っている」からとされた。
ここでいう特定の人々とは南ア白人を指す。
南アでは1月末、「正当で公益に資する場合」、政府は補償なしに私有地を公的管理のもとにおける土地収用法が成立した。
これが白人所有地の収用と黒人への再分配を念頭においたものであることは、もはや国際的な常識に近い。
だからこそトランプのアドバイザー、イーロン・マスクは「なぜ露骨に人種差別的な法律を成立させた?」と批判しているのだ。マスクは南ア出身だ。
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国務省によると、アメリカの南ア向け援助額は約3億1800万ドル(2024年)だった。
人種差別か、歴史的清算か
批判に対して、南アのシリル・ラマポーザ大統領は「我が国は民主国家だ。法的手続きに沿ったもので、没収ではない」と反論した。
土地収用法の対象には、以下のような場合も含まれる。
・投機目的で所有されている土地
・賃借人によって実質的に管理されている土地
・放棄された土地
・所有権が不明な都市の建築物
これだけならそれほど大きな問題もないようにみえるが、実際には先述のように白人所有地も例外ではない、とみられている。
それをマスクは“人種差別”と呼ぶわけだが、一方で南アにはこれを“負の歴史の清算”と評価する人も多い。
というのは南アでは人口の9%に過ぎない白人が耕作可能地の72%を所有しているからだ。
これは18世紀以降、白人が黒人を武力で追い払って“私有地”を広げた結果だ。
それもあって、現在でも人口の約8割を占める黒人の平均年収は白人の約5%に過ぎない。
土地収用をめぐる対立軸
だからこそ南アでは所得格差の是正が白人所有地の収用と結びつけて語られやすい。
その裏返しでアフリカを植民地支配したヨーロッパや、あるいはやはり先住民族を武力で追い払って白人が広大な土地を“私有地”にした歴史のあるアメリカで、土地収用への拒絶反応が強いこともまた不思議ではない。
とはいえ白人所有地の収用が内外で摩擦や対立が激しくするのは避けられない。
実際、南アの隣国ジンバブエでは2000年、やはり白人所有地を補償なしに収用できる法律が成立した結果、白人の海外脱出を加速させ、かえって深刻な経済危機をもたらした。
そのため南アにも土地収用に反対する人は少なくない。
それにもかかわらず土地収用法が成立した背景にはポピュリズムとヘイトの高まりがある。
人口多数派の黒人の間には人種間格差が改善しないことへの不満が根強く、生活苦の広がりにともない、それまでタブーに近かった白人所有地の収用が2010年代末頃から公然と政治の場で語られるようになっているのだ。
“黒いトランプ”の台頭
その先頭に立つ極左政党“経済的自由のための戦士(EFF)”は、黒人の都市貧困層を主な支持基盤にしている。
EFFのジュリウス・マレマ党首は、白人など「アフリカ的でない者」や周辺アフリカ各国からの不法移民の国外退去を叫ぶ一方、「白人の特権を終わらせる」と主張して白人所有地の収容と黒人への再分配を主導してきた。
その排他的でポピュリスト的な言動は“黒いトランプ”とも呼べる。
これに対して、1994年から政権与党の座を占めてきたアフリカ民族会議(ANC)は白人所有地の収用に消極的だった。
しかし、経済停滞を背景に昨年の議会選挙でANCはかつてない大敗を喫し、単独過半数の議席数を失った。求心力の低下したANCやラマポーザ大統領は、急進的な世論に迎合する格好で、白人所有地の収用に傾いていったのである。
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そこにはEFF支持者の取り込みによる求心力回復といった目的もあるとみられるが、EFFは土地収用法を「不十分」と批判している。
ともかく、こうした背景のもとで成立した土地収用法により、南アは約3億ドルの援助がアメリカからこなくなる公算が高まっているのだ。
ただし、アメリカの強硬な反応は南ア政府も織り込み済みだったと思われる。
南アには想定の範囲内?
第二次政権発足直後、トランプはイスラエル向け軍事援助などを除き、すべての国際協力を見直し、凍結すると宣言した。しかし、それ以前から「アメリカ第一」を掲げるトランプが途上国支援に熱心でないことは周知のことだった。
そのなかで南アが標的になりやすいことも、事前にある程度予測されていた。
アメリカでは保守系を中心に、この数年で「南ア支援を削減すべき」という論調が高まっていたからだ。南アが米軍と軍事演習などを行う一方、ウクライナ侵攻やガザ侵攻でアメリカの方針に協力しなかったことがその最大の要因だった。
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つまり、南ア政府は「どの道アメリカが支援を減らすなら、逆に今さら遠慮しなくてもいい」と判断しやすかったといえる。
さらにそこに中国の支援があれば、トランプの威嚇に限界があっても不思議ではない。
中国政府は昨年、アフリカ向けに500億ドルの資金協力を約束し、これをラマポーザは「素晴らしい恩恵」と称賛した。
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“援助停止”の限界
そのうえ南アを含むアフリカ大陸は、世界全体で見れば貧困国がいまだに多いものの、援助の重要度はかつてより低下している。
かつて援助はアフリカに流入する資金の大半を占めていた。
しかし、近年では海外に移住したアフリカ系移民による送金や海外企業による直接投資の占める割合が増えていて、2021年に限ると送金が935億ドル、海外直接投資が830億ドルで、これに対して援助は728億ドルだった。
とはいえ南ア政府もアメリカとの決定的な対立は避けたいだろう。
また、ジンバブエのように経済破綻に突き進む懸念も拭えない。
だから白人所有地を含む土地の収用を可能にする法律ができても、南ア政府が実際にそれを発動するかは未知数だ。
その一方で、アメリカの強い拒絶反応が目に見えていたのに南アがあえて土地収用法を成立させたとすれば、“援助停止”という脅し文句だけで揺さぶるのが、これまでより難しくなっていることを象徴する。
その意味で、アメリカと南アの対立の今後の展開は、アフリカ全体にも影響を及ぼす可能性が大きいといえるだろう。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a921963ba8e8ad3128bcbd175f7887184bf758c8