好書好日2025年2月8日 7時0分
「服罪」 [著]木原育子
終戦から数年後、その男性は北国の漁師町で生まれた。「戦後」という時間は希望だけを刻んでいたわけではない。男性のもとには、不幸の波が繰り返し押し寄せていた。貧困があった。母親がアイヌ民族だったことで、差別も受けた。家を出ていた兄は、暴行を受けて殺された。
今から40年ほど前、彼は故郷を捨て、都会の片隅にたどり着く。そして覚醒剤を覚えた。ある日、酩酊(めいてい)した彼は、何の記憶もないままに人間を殺(あや)める。社会への不満を抱き続けた彼は、いくつかの転落を経て、最悪の場所にたどり着いた。
無期懲役判決を受け、男性は刑務所に服役する。彼はある時から、「生き直し」を意識するようになった。どこで、何を間違ったのか。自身に問い続けながら、刑務所で三十余年を過ごした。仮釈放された後も、彼の「生き直し」の旅は終わらない。
破滅から再生へ。現在は社会復帰の道を歩む男性の軌跡を追いかけたのは、主に福祉の現場で活躍してきた新聞記者だ。仕事の合間に学び、社会福祉士、精神保健福祉士の国家資格を取得している名物記者だ。男性とは刑務所関連のイベントで知り合い、以来、密着して取材を重ねる。
記者は、複眼で迫る。事件のぬかるみに溺れることなく、冷静に犯罪者を取り巻く「社会」の姿をとらえていく。
緻密(ちみつ)で誠実な取材によって時代ごとの風景を立ち上げながら、視線の先には、常に「何がそうさせたのか」といった疑問を、男性の心情に託して提示する。
本書後半では、人を犯罪へと走らせる社会的背景にも言及。被害者支援の現状や更生保護施設などにも取材を広げた。
人はなぜ罪を犯すのか。「更生」に必要なものは何なのか。果たすべき福祉の役割とは――。
男性の苛烈(かれつ)な人生をていねいになぞっていくなかで、その答えが浮かび上がるのだ。
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きはら・いくこ 1981年生まれ。東京新聞(中日新聞東京本社)記者。著書に絵本『一郎くんの写真』など。