ナショナルジオグラフィック 2020.09.25
侵入者と間違えられたか、孤立部族保護の第一人者
2001年、ジャバリ谷の先住民テリトリーにいる孤立部族を記録するため、ブラジル国立先住民保護財団(FUNAI)の調査隊に参加したヒエリ・フランシスカト氏。左は当時のFUNAIの孤立先住民局の局長で、調査隊長を務めたシドニー・ポスエロ氏。 (PHOTOGRAPH COURTESY OF SYDNEY POSSUELO)
同僚たちに激震が走った。先住民問題を担当するブラジルの国立先住民保護財団(FUNAI)のベテラン職員ヒエリ・フランシスカト氏が、孤立して暮らす先住民の手によって殺されたのだ。
フランシスカト氏は、アマゾンの熱帯雨林で極度に孤立した生活を送るいわゆる「非接触部族」について、最も経験豊富で最も献身的な擁護者の1人と誰もが認める存在だ。今回の事件は、アマゾンの孤立部族の保護に広範な影響を与える恐れがある。(参考記事:「アマゾンの先住民保護活動家が殺害、危機的状況」)
2020年9月9日、フランシスカト氏(56)は、「カウタリオの孤立グループ」として知られる部族のメンバーを追って森に入り、矢を胸に撃たれ死亡した。同氏は、カウタリオ族とロンドニア州西部の農村開拓者との間の紛争の火種を取り除くために、斥候と警察官で構成された小さなチームを組織し、森に入っていた。
先住民部族の擁護者が、全霊を捧げて守ってきた相手に殺されてしまったのだ。権利擁護派にとっては、悲劇的な誤算だ。先住民リーダーたちは、ボルソナロ大統領の息のかかったFUNAI上層部が、フランシスカト氏の後任に、部族との接触を強める人物を据えることを懸念すると表明した。(参考記事:「動画公開はアマゾンの未接触部族を救えるか」)
「ロンドニア州の孤立グループは、彼らのテリトリーや物理的不可侵性を長年守ってきた唯一の保証人を失ってしまいました」と、アマゾンでも多くの孤立部族が暮らすブラジル最西部のジャバリ谷の先住民リーダーの1人、ベト・マルボ氏は話した。
カウタリオ族という名は、広大なウルエウワウワウ先住民テリトリー内を流れる、彼らが暮らす川の流域にちなんで付けられた。20年以上にわたり、この地域の先住民と協力関係を築いてきたフランシスカト氏は昨年、部族数は300ほどだろうと研究者に語った。
また、足跡や放棄された居住地、その他の痕跡を徹底的に分析した結果、部外者にはわからないが、カウタリオ族は流浪する4つのグループで構成されており、時折、森で集まっているようだと推測した。彼らがどんな言語を話しているのか、彼ら自身を何と呼んでいるのかは、誰も知らない。先週、フランシスカト氏は、彼らの足跡をたどりジャングルに入っていった。彼らには、敵か味方か判断する術がほとんどなかっただろうと専門家は言う。
「孤立先住民を保護するために、私たちは開拓地の最前線と孤立グループのはざまに立ちます。そのことを、セルタニスタの誰もが知っています」と、元FUNAI職員のアンテノール・バズ氏は話す。「セルタニスタ」はブラジルに独特の職業で、脆弱な孤立部族の監視や保護を行う活動家兼探検家のことだ。「孤立部族が脅威を感じる緊張状態にあっては、誰が味方で誰が敵かを判断することは困難でしょう」
確かにここ数カ月、ロンドニア州中央部では、緊張が高まってきていた。先住民テリトリーに侵入して放牧や採掘、伐採をする事例が州全域で増加しており、土地を開拓するために農民が放った火が一帯の森を襲ったと、地元の権利擁護者たちは言う。いくつもの森林火災が、カウタリオ族が歩き回る地域で報告されている。
20年6月には、カウタリオ族と思われる数人が、ウルエウワウワウ保護区の端にある町セリンゲイラスの郊外に侵入し、農民をパニックに陥れた。彼らは、斧や鶏をはじめ、多くの家庭用品を奪い、野生動物の肉の塊を残していった。明らかに代金としてだった。当時、フランシスカト氏たちは、カウタリオ族がセリンゲイラスに侵入した際、コロナウイルスに感染していないか危惧した。
ブラジル最大の部族組織連合であるブラジル先住民連合(APIB)によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で800人近くの先住民が死亡し、3万1000人以上が感染、158のコミュニティーに影響が及んでいる。これまでのところ、ウルエウワウワウ先住民テリトリーに暮らす部族では、感染の報告はない。 (参考記事:「アマゾン孤立部族に新型コロナの死者、その危険性」)
接触する計画だった?
カウタリオ族が20年6月にセリンゲイラスに侵入した直後、バズ氏はフランシスカト氏から秘密を打ち明けられたと言う。ボルソナロ大統領に任命されたFUNAIの孤立先住民局のジェネラル・コーディネーターであるリカルド・ロペス・ディアス氏から「カウタリオ族と接触する準備をするよう」に電話で指示されたというのだ。なお、ディアス氏は、孤立部族と接触して伝道しようとする宗教団体「New Tribes Mission」の元宣教師だ。
ディアス氏がブラジル最後の流浪の部族たちと接触する計画を胸に秘めているのかもしれないと、権利擁護派は疑っている。フランシスカト氏は、ディアス氏の要請を公表した場合の報復を恐れ、電話の詳細を内緒にするようバズ氏に頼んだという。(参考記事:「宣教師を殺害したインド孤立部族、侵入者拒む歴史」)
ナショナル ジオグラフィックのメール取材に対し、FUNAIはこの主張を否定。「ヒエリ・フランシスカト氏に対し同地域の孤立先住民との接触を図ろうという提言はなかった」と述べた。声明によると、2人が話し合ったのは「FUNAI側には意図が無い、平和的で自然な接触の可能性」だったという。
先週、カウタリオ族がセリンゲイラスに再び現れた時、フランシスカト氏は小規模チームを集めて、開拓者たちを落ち着かせ、彼らがもう一度やってきた理由の調査を始めた。
何がカウタリオ族を刺激したのかはわからないが、この地域で活動したことのある専門家は、このグループの性格からすると殺す意図を持って矢を撃つというのは「おかしい」と言う。(参考記事:「アマゾン、森の先住民の知られざる日常」)
「何かきっかけがあったと思います。彼らに対して、攻撃と思われても仕方ないことをしたのではないでしょうか」とイバネイデ・バンデイラ・カルドーゾ氏は話す。同氏は、1980年代にフランシスカト氏と共同で設立した、ロンドニア州を拠点に活動する権利団体「Kanindé Ethno-Environmental Defense Association」でプロジェクト・コーディネーターを務めている。「彼らを怖がらせ、脅威を感じさせる何かがあったのは、確かです」(カルドーゾ氏)
フランシスカト氏に同行した警察官は、対話アプリ「WhatsApp(ワッツアップ)」のボイスメモで、劇的な事件の詳細を録音した。フランシスカト氏がカウタリオ族の足跡を追って、先住民の土地の境界を越えて森に入った様子を述べている。フランシスカト氏が小さな丘に登り、見晴らしの良い場所に着いた時、彼らはちょうど30メートルほど先を行っていた。
警察官は「聞こえたのは、矢がフランシスカト氏の胸に当たった音だけでした」と話す。「彼は、『ウッ!』と喘ぎ声を漏らしました。彼は矢を抜いて、走って戻ってきましたが、50~60メートルほど走ると倒れてしまいました」。一行が町の病院に到着する前に、フランシスカト氏は亡くなった。鬱蒼とした森の中、誰が矢を撃ったのかは、誰にも見えなかった。
人不足と緊張の中で働く現実
今回の悲劇は、ボルソナロ大統領の反先住民を示唆する発言や政策のせいだと、フラシスカト氏の元同僚たちは非難している。「ボルソナロ大統領は、FUNAIを解体し、憲法を破り、ヒエリ・フランシスカト氏の悲劇のような状況を作り出そうとしています」と話すのは、孤立先住民局の創設者で元局長でもあるシドニー・ポスエロ氏だ。その過程で、政府はFUNAIを空洞化し、「孤立しているか否かにかかわらず先住民に偏見を持つ、無能な組織が残った」と言う。
しかし、ヒエリ・フランシスカト氏のかつての上司で、現在は孤立した先住民に関する協議を行なっているアンテノール・バズ氏は「職員たちは、リソース不足におちいりながらも、アマゾン全域にわたる孤立部族の保護活動に懸命に取り組んでいる。FUNAI上層部は彼らに過重労働を強い、危険にさらしている」と指摘する。
「今回、我々のもとを去ったのはヒエリでした。明日は誰になるでしょう?」とバズ氏は憤る。
ナショナル ジオグラフィックの質問に対してFUNAIは次のように文書で回答した。「FUNAIの職員不足は、以前の政府の責任」であり、「FUNAI首脳陣は、拠点、雇用職員、協力者、先住民アシスタントの装備の改善など、この現実を変えるよう取り組んでいるところ」であるという。
そして文書は故フランシスカト氏に賛辞を贈り、「この地域や孤立部族に関する同氏の深い知識は、長年の無私の奉仕と非常に能率的な仕事の結果です。彼はかけがえのない人でした。ヒエリ・フランシスカト氏の模範的な仕事を引き継ぐ人物を見つけます」と続く。
最後に、フランシスカト氏の友人がソーシャルメディアに投稿した同氏の言葉を紹介しておこう。映像では、ジャングルの真ん中に置かれたカメラの前にフランシスカト氏が現れると、将来への希望について次のように答える。「私が望むブラジルは、このような場所です。先住民だけでなく、すべての人のために、この先ずっと保護されることを望んでいます」
文=SCOTT WALLACE/訳=牧野建志
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/092300554/