たまには固い話をひとつ。「日本の未来について」。
「日本経済の未来に漠然とした不安を感じている人は多いはず。世界最速で進む少子高齢化、ニートやフリーターの増加、国際社会で存在感が薄れつつある日本外交などマイナス材料は多い。
日本はこの先一体どうなっていくんだろう?悪い方向にいかないために社会全般に亘って早急に実施されねばならない施策とは何か。
フランスの思想家アランは「悲観は感情の産物であり、楽観は意志から生まれてくる」と言った。明るい日本の未来を築いていくためには何が必要であるのか、読者の皆さんと一緒に考えていきたい。」(要約)
以上の「まえがき」に興味をそそられて読んでみたのが「大変化」(2008.1.10、講談社刊)
著者の伊藤元重氏は東京大学大学院経済学研究科教授。
やや、かた苦しい肩書きとは裏腹に、自分のようなぼんくら同然にも分かりやすい語り口なのが気に入った。何よりも、「読者の皆さんと・・・」の言葉が謙虚な姿勢をうかがわせて大変よろしい。通常、学者さんは「教えてやるぞ」という雰囲気がプンプン匂うものだが、それが最初から最後まで一貫して皆無なので読後感が実にさわやかだった。
本書の構成は次のとおり。
第一章 日本経済は復活したか
第二章 二十一世紀のリアリティ
第三章 日本の活力を高める方法
第四章 日本の競争力
第五章 技術革新のインパクト
第六章 グローバル化の波
第七章 少子高齢化への改革
第八章 日本の食糧の未来を考える
自分の理解促進のために各章のポイントを整理してみた。
第一章 日本経済は復活したか
いまの景気回復は本物ではない。最近の日本経済の拡大は「好調な世界経済での円安=好調な輸出」「30兆円にも及ぶ財政支援」「超低金利」の3つのアクセルで支えられているが、この三つは極めて当てにならない。(※何と、3月3日時点で円が1ドル=102円となって裏付けされた!)
第二章 二十一世紀のリアリティ
次の3点に要約できる。
1 日本はもう高度成長できる社会ではない。「成熟した社会の豊かさとは何だろうか」を考える時代に入っている。
2 アジアを中心としたグローバル化に対して、いかにプラスの方向に転じていくか。
3 現在の社会は、後世、大変な技術革新の時代だったと驚嘆を持って振り返られる社会。この技術革新の時代をどう生きていくか。
特に、3については労働の質がレイバー(肉体労働)→ワーク(オフィス、工場での労働)→プレイ(機械にもITにもできない人間的な仕事)へと変質していく。
第三章 日本の活力を高める方法
日本の活力を高めていく方法は次の二つしかない。
1 「あるものを使う」こと。国内にある経済資源、わずかな天然資源、目に見えない技術などの無形資産などの有効活用。
2 「海外の力を日本の中に取り込んでいく」
これには二つの側面がある。ひとつは「国際分業、海外投資の推進、日本の比較優位と海外の比較優位の活用」。もうひとつは、「日本社会の外への開放」
第四章 日本の競争力
日本の競争力には強みと弱みとがある。
まず強みは、「日本らしさ」が競争力の原点。グローバル化の進展に対して日本の特徴を維持する。
次に弱みは「縦型の産業」であるがゆえに「横型の産業」への転換に遅れを取ること。実に興味深い内容だが長くなるので省略。
これら強みと弱みを踏まえて、スマイルカーブ(人間が笑うと口の両端が上がるが、その形になぞらえて収益構造を表す言葉)の提案。左端と右端に位置する上流と下流は儲かるが真ん中は利益が低い。たとえば、アルマーニ(上流)とユニクロ(下流)の例など。
第五章 技術革新のインパクト
現在の世界経済の成長は、科学技術の発達と市場経済との連携、そして、市場経済の世界規模での広がりによって成り立っている。
IT革命はその象徴だが、本来は「デジタル革命」と称すべきもの。技術革新と経済との関係を「補完」と「代替」の視点から見極めることが大切。
第六章 グローバル化の波
二つの視点がある。ひとつ目はグローバル化という前提なしに日本の未来を語ることはできない、二つ目は社会を積極的に開放することなしに日本社会の活性化はありえない。結局、外国人の受け入れを前提として、犯罪や住民との軋轢防止などをサポートする社会の仕組みを作っていかざるを得ない。
第七章 少子高齢化への改革
これは日本にとって最も大きな問題である。二つの視点から考えるべきで、
一つ目は「少子高齢化の流れを止めることができるのか」、
二つ目は「少子高齢化の流れが止まらないことを前提としたときに、どうすれば日本社会の活力を維持できるのか」。
一つ目は極めて困難なので、二つ目の対策が重要。
そこで、60歳代の年金制度の見直し(たとえば70歳まで働き、それ以降の高額年金支給制度の選択制)や雇用制度の見直し(年功賃金制、終身雇用制)、「長生きすることのリスクの軽減=高齢者が死ぬ瞬間にすべての蓄えを使い切る状態」などへの仕組みの改善が必要。
第八章 日本の食料の未来を考える
食料の問題は”待ったなし”の状況。輸入に頼っている現状が続けば、中国やインドがそのうち豊かになって世界中の食料を買い漁るようになると食料価格が高騰するのは目に見えている。
食料政策のあるべき姿についてポイントが3点ある。
1 農業を担う人材と農地の関係をどう再配分するか。農地問題が日本農業再生の鍵を握っている。東京都の総面積の1.8倍前後ある全国の耕作放棄地の流動化。
※「俺の土地は売りたくない」→「農地は一体誰のものなのか」→「NTTの回線は一体誰のものなのか」に通じる話というのが面白かった。
2 「経営体」の問題。「誰が農業をやるのか」→「株式会社をはじめとしたいろんな経営組織形態の参入は当然のこと」
3 公的な資金や支援をどのように使うか→より中長期的な視点から強い農家を育てる国家戦略が必要。
最後に「農業の多面的機能」(環境保持、農村社会、景観、食文化、食料の安全保障など)の維持について政策的見地からの独自の理論が展開される。
※最近の中国産餃子の農薬問題から日本の食糧自給率の問題が浮き彫りになったこともあって、この第八章のテーマは実に新鮮で興味深かった。
以上のとおり、ひととおり読んでみて日本社会が直面している難しい問題を極めて平易な語り口で分かりやすく書かれていることに今更ながら感心する。こういう問題には疎い自分でも珍しく知的満足感を覚えた。掛け値なしにいろんな方にお薦めしたい本。
しかし、これほど素晴らしい内容を持った本なのに「大変化」という表題はあまりにもありふれていて残念、もっとふさわしい題名はなかったのだろうか。