アメリカ大統領予備選挙が佳境に入っている。地球全体に影響を及ぼす指導者の選出に世界中が固唾を呑んで見守っているが(ややオーバーか?)、共和党(ブッシュ大統領)のイラク政策が不評なので今度は民主党からの選出はほぼ間違いないだろう。
ヒラリー・クリントン女史圧倒的優位の中で始まった予備選挙だが、バラク・オバマさんが猛追、2月のスーパー・チューズデーでもとうとう結着がつかなかった。8月頃までの長期戦になる見通しでオバマさんの勢いが留まるところをしらない。もしかすると黒人初の大統領の誕生も夢ではなくなった。
それに47歳という若さは何物にも換えがたい。予備選に敗北しても副大統領にという声もちらほら出てきている。とにかく将来に亘ってアメリカの政治史に大きな足跡を残すことは間違いない人物である。
ということで、この際、彼の人となり、ものの考え方、これまでの人生の履歴、出自などを知っておくのもワルくはない。
「マイ・ドリーム~バラク・オバマ自伝~」(2007年12月13日、ダイヤモンド社刊、著者バラク・オバマ)はその意味でまったく格好の本。
内容に入る前に著者の次のような冒頭の言葉を紹介しておこう。
「どの自伝も危険をはらんでいるものだ。筆者にとって都合がいいように色付けし、個人の貢献を誇張し、都合が悪いことは伏せておきたいと思うのが人情である。自伝の主人公が虚栄心を持つ未熟者であればなおさらだ。本書にそのようなことは一切ない、とは言い切れない」
ほんの些細なことだが、以上のことから、オバマさんの「繊細さとたくまざる知性」が垣間見えるようだ。それかといって、本書では自分の弱点を容赦することなく暴(あば)き出して率直に述べていることを申し添えておく。
この本の構成は
第一部 起 源 → 生い立ち
第二部 シカゴ → 社会福祉活動の時代
第三部 ケニア → ルーツを巡る旅と父が抱えた苦悩
となっている。
このうち第一部「起源」が分かりやすくて内容にもぐいぐい引き込まれた。第二部、第三部は、やや専門的すぎてついていくのが大変。ここでは第一部を詳述。
まず、オバマさんの略歴を紹介。
1961年8月4日生まれ、イリノイ州選出の上院議員。コロンビア大学を卒業後ハーバード大学法科大学院入学、アフリカ系アメリカ人で黒人初の「ハーバード・ロー・レビュー」誌の編集長となる。現在シカゴで妻、2人の娘と暮らしている。
この本が執筆されたのは、10年ほど前のことできっかけは上記「・・・レビュー」誌の編集長となり「保守的なハーバードのロースク-ルで人種問題に進展が見られた」と世間の注目を浴び、出版社から自伝を依頼されたことによるもの。
ここでまず、オバマさんの生きかたに決定的な影響を与えている出自を述べておく必要がある。オバマさんの父親はアフリカ・ケニアのルオ族出身の黒人。母親はアメリカ人であり白人である。(両親はすでに死亡)
オバマさんの父親は極め付きの優秀な頭脳の持主で、ケニアからエリートとして選抜されアメリカのハワイ大学に留学、そこで母親と知り合い結婚しつつ優秀な成績を修めハーバード大学の博士課程に進学したものの卒業することなく、単身母国にもどり以後両親が離婚。
その後、母親がインドネシア人と再婚した(妹が生まれる)ので幼少期をインドネシアで過ごしたが教育熱心の母親の計らいで再び祖父母の居るアメリカに帰国する。
オバマさんは言う。「黒い肌のアフリカ人と白い肌のアメリカ人である両親の短い結婚生活に何か裏があるのではないかと人は疑う、私とどう接したらいいのか悩む人もいる、私の中に二つの血が混ざっている証拠を探そうとする、そして私は彼らにとって未知の存在となってしまうのだ。」
彼が常に持っている”人種的なアイデンティティーへの問い”の中にどうやらオバマさんを解剖する鍵の一つがありそう。
とにかく「人間の尊厳」について被害者の立場からこれほど赤裸々に書かれた本を読んだのは初めて。「アメリカの人種問題がこれほど深刻とは」と大きな衝撃を受けた。
黒人の立場からの白人に対する気兼ねがこれでもかというほどに描かれている。黒人の大半は社会への反乱に興味がなく、いつも人種のことを考えるのにうんざりしているというのは本音だろう。
読んでいる途中から人種問題の根深さに興味が移ってしまってオバマさんについての知識なんて何だか付録のような存在になってしまったが、「ものすごく知性あふれる人物」、「ものの見方が実に多様で偏っておらず、他人の心を斟酌できる人物」であることは間違いない。
ハーバードのロースクールに合格するほどの頭脳の持ち主でありながら、自分がいかに努力して勉強したかとか学業成績の順番や自慢が本書の中で一つも出てこないという事実にも驚く。意識して触れなかったのか、それともそういうことは問題外だとアタマから除外していたのかそれは分からないが。
とにかく黒人とか白人とかの人種、範疇を超越した人物であり、黒人初の・・・という意義はどうでもいいことだと思わせるものがある。そういえば、つい先日の新聞で白人層でも4割程度が支持していると記事にあった。
一番印象的なのは、黒人それも両親が黒人と白人というどっちつかずの中途半端な人種である自分のコンプレックスを克服していく強靭な意志の強さが本書に貫徹していること。
こういう人物(お金持ちの育ちではない、世襲も一切ない、しかも混血の黒人)の実力を正当に評価して大統領候補にしてしまうアメリカという国の懐の深さ、活力=アメリカンドリームに心の底から感心してしまった。いろんな意味で自己を見つめ勇気を与えてくれるほんとうに有意義な本だった。
それにしても、二世議員の多い日本の政治家たちの旧態依然とした選出方法について改めて考えさせられたが、一方では多人種国家ではない日本には強力なリーダーを必要としないのかもしれないなどとも思ったりした。