はりさんの旅日記

気分は芭蕉か司馬遼太郎。時々、宮本常一。まあぼちぼちいこか。
     

乙訓寺で紅葉と歴史を楽しみました

2022-12-06 19:15:15 | 古代史の舞台を歩く
長岡京市にある光明寺を訪ねたあと、乙訓寺(おとくにでら)も訪ねました。
このお寺は歴史的人物がたくさん登場するお寺で、歴史好きには興味深いお寺です。


大きな楠が迎えてくれます。4月中旬から下旬には、2000株の牡丹が咲く「牡丹寺」だそうです。




「大慈山」と額のかかる山門です。乙訓寺は京都最古とされる広隆寺(603年)と同時期の創建だそうです。




紅葉もまだ見頃のようでした。




記録によれば811年に弘法大師(空海)が嵯峨天皇から任命されて乙訓寺の別当を務めたそうです。




翌年には伝教大師(最澄)がここを訪れ、密教についての法論を交わしたという記録が残っているそうです。




乙訓寺では、弘法大師も興味がありますが、もう少し前の時代に起こった事件が一番興味深いです。




長岡京は桓武天皇が平安京の前に造営した都です。




長岡京遷都から間もない785年に造長宮使の藤原種継が暗殺されます。




その事件に関わったとして、桓武天皇の弟の早良親王(さわらしんのう)は乙訓寺に幽閉されました。その後、流罪となりその途中で絶命します。




その後、桓武天皇のまわりでは不幸が続きましたが、これは早良親王の祟りと恐れられたそうです。




怨霊を恐れた桓武天皇は、淡路島に葬られていた早良親王に崇道天皇という称号を送り、奈良に陵墓を改葬し、京都の御霊神社に崇道天皇を祀りました。
日本三大怨霊と呼ばれているのが、菅原道真、平将門、崇徳天皇ですが、早良親王は日本で最初の怨霊ということでしょうか。


※訪問日 2022.12.3


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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (トッシー)
2022-12-06 21:05:39
こんばんは。
先日は、久しぶりにお会いできて
うれしかったです。

乙訓寺といえば
牡丹の季節しか
訪れたとはありません。
紅葉も楽しめるのですね。
はりさんのブログを拝見して、
歴史にお詳しいので勉強になります。

いつか機会があれば、
写真の事とともに
いろいろと教えてください。
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Unknown (はりさん)
2022-12-06 21:34:39
トッシーさん
こんばんは。
お元気そうで何よりでした。
牡丹の季節に行かれましたか。
私はどうも牡丹は苦手なんですよ。
今回は紅葉が楽しめた(少しですが)ので
良かったです。
歴史(特に古代史)は大好きなので
知っていることはお話しできますよ。
機会があれば写真も撮りに行きましょう。
コメントありがとうございます。
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Unknown (よっちん)
2022-12-07 16:57:21
私は古代史には知識がなく
もっと勉強しないといけないなぁと
思うことがよくあります。

古代史に限らず
歴史はもっと勉強したいですわ。

応援ぽち
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法論 ()
2022-12-07 20:18:22
こんばんは。

空海と最澄が口角泡を飛ばして法論ですか。
凄いお寺ですね。しかもしっかり記録されているのですね。
早良親王の悲しいエピソードは歴史に詳しいはりさんならではですね。
しかもご自身の言葉で書かれているので、実感が湧いてきます。
いつもこの短い一文からWikiに入り、そこから無限の歴史ロマンが広がっていきます。
こういう知識は一篇通りでは身に着きませんね。
さすがはりさんです。

はりさんが歩いてきた富士五湖を真似して歩いてきました。
そのうちにレポします。
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Unknown (はりさん)
2022-12-07 23:11:54
よっちんさん
飛鳥時代から奈良時代にかけての
ドロドロとした歴史が大好きで
自分なりに勉強しています。
明日香を訪ねた時に歴史を知っていると
風景もちがって見えてきますよね。
いつもありがとうございます。
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Unknown (はりさん)
2022-12-07 23:19:28
信さん
こんばんは。
こんなに褒めていただいて恥ずかしいです。
この時代の歴史が大好きで自分なりに勉強しているだけです。
歴史を知っていると風景もまたちがって見えてきますね。
富士五湖を歩いて来られましたか。
錫杖さんも行かれたということなので
お二人のブログが楽しみです。
いつもありがとうございます。
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