気が付くと目の前に夫が立っている。じっと私を見ているが言葉はない。「ごめんなさい」と胸に飛び込んだ私を強く抱きしめ「もういいんだよ」と言ってくれたような気がした。
山や音楽を愛し健康に絶対の自信があった夫が、末期がんを宣告され、旅立つまで僅か半年。「重大な病気になぜ気付かなかったのか」。終わりのない後悔に押し潰されそうだった私を、彼は夢の中で許してくれた。
「退院の前夜は春のセレナード」と詠み、希望をもって退院した夫だったが、最期の日々を自宅で過ごし、新緑の美しい6月、命の灯は静かに消えた。
鹿屋市 西尾フミ子 2015/4/13 毎日新聞鹿児島版掲載