はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

トイレ交換日記

2022-07-25 19:39:55 | はがき随筆
 小2の孫娘は保育園の年中あたりから落書きに熱中し、送迎の妻の車の中など楽しい絵で埋まった。やがて、彼女は我が家のトイレの壁にも書き始めた。
 妻はカレンダーの裏紙を壁に貼ってやり、孫娘は一層熱中するようになった。家族の顔、風景の絵から、習い始めた文字で、次第に文章も書くようになる。「きのうおねしょしたんだ。だけど、ひみつだよ」など実に楽しい内容。そのうちに、小6の孫息子も心情を書いてくれるようになり、私も必ず返事を書くが、交換日記化してきている。毎週末やって来る孫のトイレは、当然長くなっている。
 宮崎市 杉田茂延(71) 2022.5.22 毎日新聞鹿児島版掲載

心のアルバム

2022-07-25 19:31:20 | はがき随筆
 朝の一番の楽しみは新聞を広げて、はがき随筆を読むことです。最初に投稿したのが80歳の時でした。ノートに貼るようにしました。ノートがだんだん埋まってきて残りのページが少なくなりました。時々、読み返してみます。とても面白く「へエーこんな事があったのか」とびっくりするとともになつかしく思い出し、当時の心が泉のようにわいてきます。人生の終わりの事ばかり考えて梅雨時の雨のようになっている心にお日さまを見るようで、手足を伸ばし、心のしわまでのばします。はがき随筆は私の心のアルバムです。心の宝物です。感謝です。
 熊本県八代市 相場和子(95) 2022.5.21 毎日新聞鹿児島版掲載

土地と家と

2022-07-25 19:24:06 | はがき随筆
 次男が生まれた頃に建てた小さな家はJR沿線沿い。人家はまばらで畑が点在していた。息子たちは走る列車を見て育った。
 10年後、区画整理で道路が整備され、しばらくするとすぐ近くに駅ができた。今や高架橋になり、エレベーターのある駅舎に。平成元年2階建てにしたが、息子たちは県外の大学に行ったので、ほどなく夫婦だけの住まいになった。年々増えたがらくたの処分にてこずっている。老体故、無理が利かない。
 齢80の夫いわく「ここが便利な場所になるとは思ってもみなかったのでありがたい。家は住めさえすれば上等ヨ」と。
 鹿児島市 馬渡浩子(74) 2022.5.21 毎日新聞鹿児島版掲載

息子よ

2022-07-25 18:33:30 | はがき随筆
 母の日の朝、玄関を開けると、カーネーションの花鉢が、パッと目に入った。母の日に、花のプレゼントをもらうのは何十年ぶりか。
 原因は私にある。毎年珍しい花など買ってくれていたが、私の気に入らない花だったり、色が悪いと不満を口にしたりしているうちに現金に代わった。
 今年は、私の膝の具合が悪くボンヤリ庭を眺める日が多かった。そんな私の姿を見ていた息子の思いやりか。
 大きな鉢に桃色の優しい色。まだ8分咲きで気に入った。
 帰りはいつも遅いので、出勤する息子の背中にありがとう。
 宮崎県日南市 永井ミツ子(74) 2022.5.21 毎日新聞鹿児島版掲載


昼間のバスで

2022-07-25 18:27:05 | はがき随筆
 発車するはずのバスが止まったまま。昼間の5人ほどの客席に向かって「しばらく停車します」と運転士が下車した。何事かと前方を見ると、車道に倒れ込んだ高齢者を抱き起そうとしている。急いで降りて歩道に移動させるのを手伝った。持病の急な発作でも出たか、歩行中に意識が薄れてしまったようだ。しばらく様子を見て車内に戻った運転士が「お待たせしました」と、発車させる。ほどなく下車する停留所。「さっきは大変でしたね」とカードをタッチしたら「ありがとうございました」とこちらの顔を見ながら返され、かえって恐縮した。
 熊本市東区 中村弘之(86) 2022.5.21 毎日新聞鹿児島版掲載

長生きしたい

2022-07-25 18:20:32 | はがき随筆
 朝のウオーキングを始めて何年になるだろう。20~30年か。
 2人から4人になり、身体の弱いダンナがいて一日でも長生きしなければならない使命感を持つ者同士、病状報告の場になり、ストレス発散の場、楽しみの場にもなった。時にはツワブキや古参竹のタケノコ、ワラビを摘み、夕食の献立が同じになることも。病院に行くのもウオーキングに合わせて時間をずらし、一日も休めない。
 ウオーキンググループと何組もすれ違うが、男の人は見掛けない。女の長寿は努力のたまものか。こんな楽しい世の中、まだまだ生きていたい。
 鹿児島県阿久根市 的場豊子(76) 2022.5.21 毎日新聞鹿児島版掲載

私たちは今

2022-07-25 18:12:17 | はがき随筆
 今日の朝食はシシャモ。脂がのった子持ちは格別だ。8匹298円はお買い得。商品表示を見てびっくり。ノルウェー産、輸入先インドネシア、輸入元山口県。地球を駆け回っている。
 半世紀以上前、古里の田んぼの中に干物工場ができた。干物と言えば海の近くと思っていたから奇怪な気がした。
 今や工場は海外、輸送費を掛けても国内産より安いという不思議。何か変。新型コロナ、戦争で物流が止まれば何が起こるか、私たちは今経験している。
 夫の介護が始まり、1人では無理と諦めかけていた家庭菜園を、続けようと思い直した。
 宮崎県日南市 矢野博子(72) 2022.5.21 毎日新聞鹿児島版掲載

ウマノアシガタ

2022-07-25 17:39:40 | はがき随筆
 その人に似合わない花だと思った。ちょっと苦手なタイプの大先輩の版画を思い出す。小さな5弁の花びら、黄色い光沢のある花が太陽に輝く。土手の葉桜の並木道。その下で大勢の仲間たちとそよ風に揺れている。
 野の花は自然の中が一番居心地がいいようで、花瓶の中ではすぐにしおれてしまう。はがきに描くと喜んでもらえそうだ。
 田舎のあぜ道に思いを馳せる。学校帰りの女の子は元気者。花の中を走る。あらあら、花を踏んではかわいそうですよ。転びそうになりながらも、まだ走る。でも、あの頃は遥か彼方。同じ春が巡って来たよ。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2022.5.21 毎日新聞鹿児島版掲載

残されたもの

2022-07-25 17:31:07 | はがき随筆
 お向かいの隣の家が売りに出されることになった。
 数日前に引っ越しが終わって空っぽになった家。前を通り掛かると、フェンス越しに「遊んで遊んで」とはしゃいでジャンプしていたワンちゃんたちももういない。
 2階のベランダに、物干しざおが取り外されたまま残っていた。毎朝まだ暗いうちにあのベランダで大量の洗濯物を干していた奥さんの姿を思い出した。
 これからは娘さんの家の近くの便利な所に住まれるのだという。丹精されていた庭は今花盛り。寂しそうな家を色とりどりに包み込んでいる。
 鹿児島市 青木理枝(69) 2022.5.20 毎日新聞鹿児島版掲載

世代交代

2022-07-25 17:24:40 | はがき随筆
 春3月、子供たちが巣立って2人暮らしとなった息子夫婦と私たち夫婦の同居が始まった。
 住まいを1階と2階に分け合っての4人暮らしは新鮮だ。
 やがて同居を知った友人から慈愛に満ちた手紙が届いた。
 「よい選択をなさいました。長男が近くに居るのは宝物ですよ。どうぞ肩の荷を下ろしてゆっくりと。そうやって私たち、世代交代をしていくのですね」と。そうですね……。
 庭を彩り始めた、サンザシの白い花が今日はことさら清楚で美しい。「世代交代」の言葉をかみしめながら、夢のように過ぎた日々を懐かしく振り返る。
 宮崎県延岡市 柳田慧子(77) 2022.5.19 毎日新聞鹿児島版掲載

今こそ日本は

2022-07-25 17:16:15 | はがき随筆
 宮沢賢治は詩「雨ニモマケズ」で、質素に暮らしながら人のために東奔西走する人物像を描き「サウイウフモノニ ワタシハナリタイ」と言っている。
 今、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、憲法を改め軍事力を増大すべきだという声が広がっている。ある女性ジャーナリストが、改憲を党是とする自民党に「日本男児なら頑張れ」とエールを送ったと聞いて暗澹となった。戦争の惨禍を繰り返さないと決意し、平和憲法を持つ日本は今こそ主導的立場で、賢治のように戦争は「ツマラナイカラヤメロ」と発信し、抑止力を発揮するべきなのに。
 熊本市中央区 渡邊布威(84) 2022.5.18 毎日新聞鹿児島版掲載

古い革カバン

2022-07-25 17:06:59 | はがき随筆
 昨年米寿になった私。明けて正月6日の朝、カバンを肩に団地のバス停に立った。
 「いいカバンをお持ちですね」と待っていた女性に突然声を掛けられ、驚いた。「だいぶ傷んでますよ」と答えると、彼女は「それ手作りでしょう?」と言ってバスに乗った。
 バスに揺られながらふと気付いた。「今日街に出れば、昔このカバンを作ってくれた女性に会えるかもしれない」と思って乗ったんだと。
 だいぶ前の若い頃に作ってくれたのだったが、今でも私の頭の隅に残っていたなんて、まさに米寿のいたずらだ。
 鹿児島市 高野幸祐(89) 2022.5.17 毎日新聞鹿児島版掲載


3月の桜

2022-07-25 14:05:50 | はがき随筆
 「小学校の方へ行こうか」。義妹と歩きはじめて2カ月になる。学校へつづく坂をのぼりきると、下り坂沿いに数本の桜が見えた。今日は九州のどこかで桜の開花があったそうな。けれどここの桜はまだ蕾のままだ。
 家屋の並ぶ道を抜け、竹林の鳴る音に驚きながら足を進めるとダチョウ園に着いた。閉園時間が過ぎた門は閉まっている。辺りには畑が広がり誰もいない。「橋に行こう」。地元に生まれ育った彼女は山中の小道に詳しい。誘われるまま進むと高速道路にかかる橋に出た。先の道は細い下り坂。遅れぬよう急いだ。
 桜が咲いたら夫を誘おう。
 宮崎県延岡市 佐藤桂子(74) 2022.5.16 毎日新聞鹿児島版掲載

散歩の余韻

2022-07-25 13:58:58 | はがき随筆
 「これってコロナのお蔭だね」と嘆きたくなるほど足が異様に浮腫んでしまった。熊本もまん延防止が解除されたので私のケアハウスでもアーケード街の一部分だけ朝の散歩が許可された。散歩が一番のリハビリ。
 幼稚園児が帽子を脱いでチョコンと頭を下げてご挨拶。私も丁寧にお辞儀を返す。朝から縁起が良いなあ。歩行器でよちよち歩くので目立つのかな、髪をチリチリに逆立てたお兄ちゃんがニコッと目顔で会釈してくれる。若い女性も「そこらまでご一緒しましょ」と付き合ってくれる。帰ると暑いコーヒーが待っている。朝から幸せの一杯。
 熊本市中央区 増永陽(91) 2022.5.15 毎日新聞鹿児島版掲載

瞑想の森

2022-07-25 13:50:59 | はがき随筆
 何気なく目を上げると、「瞑想の森」の文字。赤松の木の根元に、誰が置いたか小さな板きれ。30年前のことである。
 生活に追われ、見過ごしてきた幾多のこと。退職を機に、一つ一つが少しずつよみがえる。
 若い頃、雑踏を離れ霧島の静寂に溶け込むのが好きだった。新燃岳へ続く韓国岳の裾野。赤松林のただ中、落葉の一画に腰を下ろす。行くべき姿を、山々と語り合った夢のような一時。
 森閑とした場所で、今なら何を瞑想するだろうか。噴火で荒れた森が回復するには、数百~千年の月日を要するという。
 瞑想の森は未来へ春銀河
 鹿児島県霧島市 秋野三歩(65) 2022.5.14 毎日新聞鹿児島版掲載