その日、県の教育長の講演会は我が家が会場だった。
そこに畑で産気づいた母が戸板で運び込まれ、私が生まれた。父は教育長に名付けをお願いし、快諾を得た。が、命名の日、近隣や親戚に配る赤飯は炊きあがったが名が来ない。父が窮余、正樹と決めたとき、電報! 「ナハマサキ マサハマサシゲノマサ キハジュナリ」。その符号に居合わせた皆が驚いたという。
祖母は漢字は古歌にある真幸を主張したが、相手が国文学者と聞いてすぐ矛を収めた。
「どや、ええ名前だったやろ」。あの世で父に会えば、若い日の一コマを笑って話すだろう。
宮崎市 柏木正樹(73) 2022.8.26 毎日新聞鹿児島版掲載