業者は、仕事をもらおうと狙いをつけた役人の身辺を徹底的に調べる。家族は? 酒は好きか。好物は。女性関係は。
好みの店を探し出し、理由をつけて連れ出す。好きな料理、気を引きそうな女性をあてがう。
まずはワリカンで。二度三度おごったり、おごられたりを繰り返す。役人が独りで店を訪れ、女性の名を告げれば、しめたもの。ころ合いを見て女性に「新しい和服が欲しいな」と、独り言のように言わせれば良い。
数日後、業者は役人を呼び出し、こう告げる。「最近、おごっていただくばかりで恐縮です。ワリカンと言っては何ですが」。封筒を差し出す。もちろん、仕事をよろしくという趣旨のカネ。和服をあつらえて、わずかにツリが戻る額だ。
◇
以上は、武村正義著「小さくともキラリと光る国・日本」に出てくるエピソードに多少、言葉を書き足して汚職の背景を描いてみた。ただし、この話を別の角度から(つまり汚職を捜査する側から)描き直すと、以下のようになる。
◇
捜査員は、業者から接待を受けているというウワサの役人に狙いを定める。身辺を洗う。店はどこだ。業者は。接待している女性は。もちろん役人の発注権限や時期も。
洗い出し、調べを尽くし、任意で呼び出す。質問を繰り返しても役人はワイロの受け取りなんぞ認めない。カネのやり取りは「おごったり、おごられたり。個人的な交際だ」とシラを切る。
――捜査員は旅館の名を挙げる。かの女性と同伴した場所だ。日時も。滞在時間まで。尾行の成果だ。「何ですか」。声を裏返す役人に、別のホテル名も突きつける。冷や汗顔の役人は、こう言って自供を始める。
「汚職は認める。しかし、その件だけは女房に内密に」
秘密の暴露は、こうして新たな秘密を生む。
鹿児島支局長・馬原浩 2010/5/31 毎日新聞掲載
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます