はがき随筆・鹿児島

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「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

3歳の彼へ

2010-09-21 22:43:17 | ペン&ぺん
 「3歳でピアノ教室に通い始めたんです。でも小学生の時に、やめたくなって」
 1984年生まれの若きジャズ・ピアニスト、松本圭使が鍵盤の前を離れようとした時だ。松本が話を続ける。
 「そしたら、親に『あなたが行きたいと、せがんだのでピアノを習わせた。自分の言葉に責任を持ちなさい』と言われて。3歳の時に、せがんだ記憶はないんですが」
 北薩地区のプロテスタント系の教会で育った。賛美歌を身近に聴いて暮らしたことが今の演奏に影響を与えたかと尋ねると、松本は「自分では分からないんです、自分では」と答えた。
 鹿児島市内の高校に通っている時も、部活動はせず、ひたすらピアノだけにのめり込んでいた。17歳で、ジャズ・ピアノの巨匠ビル・エヴァンスの旋律に触れ、感じる所があり、ジャズに転向した。
 ニューヨークに渡ったあと2006年に帰国。今は鹿児島を拠点に九州各地のライブハウスやイベントに出演している。
 CDを出した。タイトルは「ジ・アザー・サイド・オブ・イット」。直訳すれば「それの違う側面」。シャレた邦題を考えようと水を向けた。「ひっくり返せ」「本当の真実は裏側に」の2案を提示すると、松本は「邦題を添えるほど、曲名やタイトルに思い入れがないんです」という。「あえて言えば」と言って「本当の……」を選んだ。
 「それに、歌詞が覚えられないんです。何度聞いても。職業病です」と恥ずかしそうに笑う。「ピアノ演奏のフレーズは聴けば即、覚えるのに。歌うと音痴ですしね」
 天は二物を与えずか。
 3歳だった松本圭使がピアノを習うことを親にせがんだ。それが今、20歳代の真ん中の彼に、続いている。彼の演奏を聴くと、こう思う。3歳だった圭使くん、ステキな音楽を、ありがとう。
    敬称略
 鹿児島支局長・馬原浩 2010/9/20毎日新聞掲載

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