はがき随筆・鹿児島

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「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ウミガメの海

2010-06-19 15:07:13 | 女の気持ち/男の気持ち
 先日、薩摩川内市の寄田海岸でウミガメが死んでいた。聞けばアカウミガメだという。若いころ見たウミガメとは姿が違っていた。あの時の彼女はアオウミガメだったのだろう。
 25歳の私は、大隅半島太平洋岸の小さな中学校で教師をしていた。豊かな自然の中で育った子どもたちは15歳にもなると、ウナギ捕り、キノコ狩り、海釣りなど何でもこなした。共に過ごした私は、彼らから多くを学んだ。
 「ウミガメは卵を産む時、涙を流すんだ」
 ある日の正夫の語りに私たちは驚き、どうしても見たくなった。
 7月初めの夜9時、正夫の指示した場所に男女11人が集まった。昼間、オレンジ色に輝いていた砂浜はもう暗かった。岩陰に隠れて、時に光る海面を見つめながら、ウミガメの上陸を待った。夏の夜の潮風は甘く優しかった。若者たちの時間は早く流れて、たちまち2時間が過ぎていた。
 「今日は、も、解散すっが」と正夫。
 あきらめて2㌔先の住宅の灯を目指して、カランコロンとゲタを鳴らしていると「先生、今来てる」の声。
 正夫の自転車の後ろに飛び乗り、浜へ急行した。
 ウミガメはもう水辺にいた。フジツボの付いた背をそっと触った。彼女が波間に消え去るまで、2人でずっと見送った。
 あれから40年がたった。正夫、元気でいるか。ウミガメはまだ来てるか。
  鹿児島県出水市 中島 征士・65歳 2010/6/17 毎日新聞の気持ち欄掲載

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