はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

奇跡の80歳

2021-03-13 19:45:30 | はがき随筆
 32歳で心臓の人工弁置換術を受けた。その時「余命10年と言われていた」と刻が過ぎて聞いた。ところが40年も生があり 7 年前には再手術も受けた。それは珍しい事例として、学会誌で発表された。が、その間には脳梗塞や大量輸血でC型肝炎に罹患し、後遺症で糖尿病まで患った。いつも夫が支えてくれた。
「奇跡の80歳だね」と主治医から言われた。別の医師からは「次は奇跡の90歳を目指しましょう」と言ってもらった。
  ひ孫が「水色のランドセルを 買ってほしい」と言うのであと2年、生がほしい。 来年はダイヤモンド婚だし。
 宮崎県日向市 榎田安恵(80) 2021/3/6 毎日新聞鹿児島版掲載

心あたたまる日

2021-03-13 17:34:15 | はがき随筆
 縁先でひなたぼっこ。ふと道路の遠くに目をやるとヨチヨチのおさなごの姿。近づくと、私は思わず心あたたまるほのぼのとした情景に出くわして感動した。なんと道端に立つ看板のお地蔵さまの絵に頭を下げて手を合わせている。しばらくその姿に見とれていた。「モジョカ (可愛い) さんぽかな~」と話しか 
けると、お母さんがほほ笑んで「ここを通るといつも手を合わせるんですよ」と。きっと親の姿を見よう見まねで手を合わせているのだと感心した。「心」の失われつつある昨今だが、こんな若いお母さんの手があるかぎりまだ大丈夫だ。
 鹿児島県さつま町 小向井一成(72) 2021/3/6 毎日新聞鹿児島版掲載

みちくさ

2021-03-13 17:22:48 | はがき随筆
「きゅはどっちをかえっや ?」。小学生の頃のみちくさを思い出す。 天気に誘われワイワイガヤガヤ、列になり、団子になり。ささやかな冒険とちょっとだけの背伸びにワクワクした。犬かきしかできない私は水が が怖くて。大きな川に架かる橋 を薄眼にして走った。今でも夢を見る。 いつかもう 一度訪ねて見たい場所てんこ盛 り。春爛漫。田んぼはレンゲの 海。もう飛びこまない手はない。 女の子は遊び盛り。ゴム飛びに 興じた。パンツが緑色に変わっ ても平気。空に向かって飛んだ。 いい時代に生きた。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2021/3/6 毎日新聞鹿児島版掲載
 

1月1日

2021-03-13 17:11:37 | はがき随筆
 大雪の予報に反して穏やかな新年を迎えた。 新型コロナウイルスの騒ぎなど何ごともなかったかのように新しい年はやってきた。しかし、我が家は例年と
違う元日となった。 お屠蘇の準備はしたが、回し飲みになるので、妻とお互いの健康を祈念して交わしただけだった。
 いつもは一族郎党が集い、一 日中にぎやかにしゃべり飲むのだが、孫や子どもが三々五々やってきては早々と引き揚げた。 3時ごろには妻と2人だけの静けさが戻った。ただ、50年来の 3人の友の賀状が見当たらず、一抹の不安を抱えながらも1月1日の夜は更けていった。
 鹿児島県肝付町 吉井三男(79) 2021/3/6 毎日新聞鹿児島版掲載


手元に戻った財布

2021-03-13 17:02:29 | はがき随筆
 買い物し、袋詰めの際に台に置いたまでは記憶がある。 帰宅して食材を分類し台所に立つ。一段落して記帳しようとすると肝心の財布がない。心当たりを
捜すが見当たらない。 お店に問い合わせようと電話帳で調べるが気が動転していて探せない。 
 車で直行。店員さんに財布の色と時刻を告げると帳簿を見て「届いてますよ」との返事。しばらくして持って見えた。確かに自分のもの。 届けた方の名を尋ねると、お客さんで名を告げられなかったそうだ。
 安堵し親切な方に感謝感謝。今度は自分が何らかの形で真心をつなごうと思った。
 宮崎県都城市 西京子(70) 2021/3/6 毎日新聞鹿児島版掲載
 

春だよー

2021-03-13 16:53:01 | はがき随筆
 天をつく勢いで上に枝を伸ばしこぼれるばかりの花をつけた梅が花吹雪になって終わった。
 2月に1畳ほどの草を取った所が茶色の模様に残り庭一面が若い草色に染まった。 まばらになったマサキの垣根にユキヤナギが涼やかに揺れている。
 「体調はどうね」。優しい声がして、おいしいものをたくさん抱えた知り合いの奥様の笑顔があった。94歳になっても背筋を伸ばして買い物に行かれる。
若い時から帽子はキャスケットとすじ。チャーミングなお姿を遠くから羨望のまなざしで見つめていた。うーん、もう一度  スタートラインに。
 熊本市東区 黒田あや子(88) 2021/3/6 毎日新聞鹿児島版掲載


雛人形

2021-03-13 16:42:25 | はがき随筆
 娘誕生以来今年で48回目のお雛様を飾った。毎年出す度にさまざまな思い出がよみがえる。
 特に2歳だった息子は興味津々で質問してきた。
 後日近所の奥様が来られた。 聞くと「たっちゃんが、うちにはきねこみにんぎょうがあるよ、と報告されたので来ました」とのこと。見ていただき木目込み雛人形の段飾りと分かり納得して帰られた。
 父親が幸せを願って求めたお雛様、毎年皆が集い祝っていたが、昨年今年はコロナ禍で集うことができず、年寄りのみの祝いとなった。48年とは遠くへ来たものだ――の感あり。
 熊本市東区 川嶋孝子(82)  2021/3/6 毎日新聞鹿児島版掲載

天神さん

2021-03-13 16:03:36 | はがき随筆
 娘が孫娘2人を連れ帰省した時のこと。 小2になる姉は食べることが大好きで料理にも興味がある。当然ジイジとバアバは美味しいものをと張り切った。
 熊本特産のカライモを使った私のリンゴきんとんや大学芋は好評だった。バアバと母親の卵焼きの色の違いに気付き、その理由を知ろうと台所に立った。
 また、我が家には自慢の手製 の減塩梅干しがある。食べた後 に残った種を割り、薄ピンクの天神さんを取り出して試食させた。孫はたいそう気に入った様子で、その後、種が出る度に割ることになった。 我が家の食習  慣は確実に伝わったようだ。
 熊本市北区 西洋史(71) 2021/2/28 毎日新聞鹿児島版掲載

老いては子に...

2021-03-13 15:58:32 | はがき随筆
 千葉県の船橋市に住む息子か ら年頭のあいさつの電話が来 た。話はコロナに移った。そし て「ここ2~3年はマスクを外 せない年が続くと思うよ」と言 い切ってから、さらに続けた。
 「それはそうと、今年は満85歳になるんでしょう。 まだ運転は続けているの?」「ブレーキとアクセルの踏み間違えは一度 もないし大丈夫だよ」「そうは いっても事故を起こしてからでは遅いよ。せめて自動停止装置 のついた車に買い替えたら」。 親の行いに注文をつける息子の 声を聞きながら、わんぱくだっ たころを思い出し、成長ぶりに頼もしさを感じたのだった。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(84) 2021/3/5 毎日新聞鹿児島版掲載

サツマイモ事情

2021-03-13 15:45:32 | はがき随筆
 子どもの頃芋飯で育ったから か、懐かしさもあるサツマイモ は大好きだ。今でも芋ご飯を好んで食べる。
 サツマイモの産地は串間、 小林、宮崎などさまざま、種類も多いが、どの芋もしっとりと甘さがあるのに、私好みの「ホク ホク感」がないのが残念だ。この冬はまだ一度も出くわさない。
 「しっとり甘さ」がおいしさの全てみたいな芋の態度には、「ホクホク感」を取り戻せと抗議したい。が、それも改良や研究に携わる人次第だ。
 そんな芋事情に少々失望し、納得のいかないままに今日も芋ご飯を食べる。
 宮崎市 日高達男(79) 2021/3/4 毎日新聞鹿児島版掲載

そうですね

2021-03-13 15:39:16 | はがき随筆
 テレビコメンテーターの会話に出てくるトップは「そうですね」ではなかろうか。 スケートや駅伝実況放送で、アナウンサーの問いかけに「そうですね。 練習成果がよく発揮されてますよね」といった案配。受けるタイミング、答えを整理する時間を稼ぐ意味もあろうが、聞いてる方は、今度も言うぞ、何回目になるかとそっちに気が向き、 肝心の中身は二の次になる。
 と、どこからか陰の声。「お 前さんも、熊本城でお客さまのお供をする際注意しなさい。 気を緩めると無意識のうちに出てくるもんだから」。おっしゃる 通り。確かに「そうですね」。
 熊本市東区 中村弘之(84) 2021/3/3 毎日新聞鹿児島版掲載

筋トレ

2021-03-13 15:20:59 | はがき随筆
  数年前に庭で転倒し、したた かに尻餅をついた。 中1日おい て医院へ。左股関節血腫と診断 され、既に体動不能の状態で、 数日の入院を余儀なくされた。 朝夕2回の抗生物質の点滴を3 日間続けたお陰で解熱、炎症も 治まった。痛みが和らぐのを待 ってリハビリ、そして退院。
 そんなことがあって筋トレの サークルに入会。週1日2時間 のメニューに従って足腰を鍛え ている。77歳から89歳の高齢者 の集まりなので、必然的に健康 に関する話し合いも盛り上が る。こんなサークル活動が楽し く、このごろ転倒しなくなった のもうれしい。
 鹿児島県鹿屋市 門倉キヨ子(84) 2021/3/2 毎日新聞鹿児島版掲載

安堵の日々

2021-03-01 23:59:33 | はがき随筆
 自粛生活で夫と顔付き合わせ る時間が長くなった。 夫はのんびり私はせっかち。たわいない会話がいつしか言い合いに。
 そんなある日、夫がふっと「今が一番楽しい」と言った。多病を患い、外出も一人ではままならないのに......。「へえー」と思いつつ夫の顔を見返した。
 「実は私も同じことを思ってた」。楽しみの一つ一つを数え上げると「そうかー」と夫も意 外そうな顔をした。
 10年前に家業を廃業した。三十数年の制約から解き放たれ、 手にした身軽さ。老いの日々に 深い安堵がある。マスクしてても、吐く息、吸う息がうまい。
 宮崎県日南市  矢野博子(71)   2021.3.1  毎日新聞鹿児島版掲載