労働しない人間は食べてはいけないと西洋では言う。労働しない日は食べないと東洋では言う。
キリスト教は「働かざるもの食うべからず」 If man will not work, he shall not eat.(パウロ テサロニケ人への第2の手紙3章10節)
仏教の禅は「一日作さざれば、一日食らわず」 一日不作、一日不食。(百丈懐海『勅修百丈清規』「大衆章」)
一神教と多神教、西洋と東洋思想、牧畜民族と農耕民族の言葉である。どちらも労働するから食べられるのであり、遊んでいては生きていけないという勤勉の精神を推奨している。西洋の人々は小麦粉のパンと獣肉を好んで食べる。東洋の人々は野菜や魚肉と米を好んで食べる。その違いが言葉の表現の違いになるのだろうか。
西洋の「働かざるもの食うべからず」は奴隷制度を言っているのだろうか。人間は万物の霊長であるが、人間集団に万物の霊長の霊長がいると言う差別的な語感がある。地球の自然の生物・鉱物を支配することに飽き足らず、人間が人間を支配する願望が垣間見える。
東洋の「一日作さざれば、一日食らわず」は自律の精神で自由の空気が感じられる。人間の内面に向かい、清貧に甘んじて、他人との争いを避け、自己の能力を高め他人に奉仕する心を感じ取ることが出来る。
私が言葉には魂が宿るとする言霊思想を認め、仏教に惹かれたのは「一日作さざれば、一日食らわず」の文章であった。言葉の力は強烈であるが、心が受け止める状況でないと、読み飛ばしてしまう。
ヒトとは、動物界・脊索動物門・脊椎動物亜門・哺乳綱・サル目(霊長目)・真猿亜目・狭鼻下目・ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒト種に属する、動物の一種であるとする分類に近い考えが、西洋の科学万能の物資文明の豊かな国日本なのだろう。他人を省みず、自己満足の欲望の趣くままに物を追い求めるハイエナのようである。
その学名「Homo sapiens」は「知恵のある人」の意味である。心の有様に関心が向くのが東洋思想の仏教で、禅思想の「一日作さざれば、一日食らわず」を実践するヒトが真の原種の日本人なのだろうと私は思うのである。
西洋思想に染まった物質文明の競争社会の日本で禅の思想を実践したら、確実に負組に編入される。
しかし平家物語に「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」と述べられている
石油文明の覇者も平家落人と同様に都落ちして、地方に分散して食料を生産することが近い様に思う。豊かな田舎の原風景が戻り、コウノトリや朱鷺が田舎の空を乱舞するだろう。
兵庫県豊岡市ではコウノトリが野生に帰り、里の空に遊んでいると言う。何時か訪ねたいと思っている。
キリスト教は「働かざるもの食うべからず」 If man will not work, he shall not eat.(パウロ テサロニケ人への第2の手紙3章10節)
仏教の禅は「一日作さざれば、一日食らわず」 一日不作、一日不食。(百丈懐海『勅修百丈清規』「大衆章」)
一神教と多神教、西洋と東洋思想、牧畜民族と農耕民族の言葉である。どちらも労働するから食べられるのであり、遊んでいては生きていけないという勤勉の精神を推奨している。西洋の人々は小麦粉のパンと獣肉を好んで食べる。東洋の人々は野菜や魚肉と米を好んで食べる。その違いが言葉の表現の違いになるのだろうか。
西洋の「働かざるもの食うべからず」は奴隷制度を言っているのだろうか。人間は万物の霊長であるが、人間集団に万物の霊長の霊長がいると言う差別的な語感がある。地球の自然の生物・鉱物を支配することに飽き足らず、人間が人間を支配する願望が垣間見える。
東洋の「一日作さざれば、一日食らわず」は自律の精神で自由の空気が感じられる。人間の内面に向かい、清貧に甘んじて、他人との争いを避け、自己の能力を高め他人に奉仕する心を感じ取ることが出来る。
私が言葉には魂が宿るとする言霊思想を認め、仏教に惹かれたのは「一日作さざれば、一日食らわず」の文章であった。言葉の力は強烈であるが、心が受け止める状況でないと、読み飛ばしてしまう。
ヒトとは、動物界・脊索動物門・脊椎動物亜門・哺乳綱・サル目(霊長目)・真猿亜目・狭鼻下目・ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒト種に属する、動物の一種であるとする分類に近い考えが、西洋の科学万能の物資文明の豊かな国日本なのだろう。他人を省みず、自己満足の欲望の趣くままに物を追い求めるハイエナのようである。
その学名「Homo sapiens」は「知恵のある人」の意味である。心の有様に関心が向くのが東洋思想の仏教で、禅思想の「一日作さざれば、一日食らわず」を実践するヒトが真の原種の日本人なのだろうと私は思うのである。
西洋思想に染まった物質文明の競争社会の日本で禅の思想を実践したら、確実に負組に編入される。
しかし平家物語に「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」と述べられている
石油文明の覇者も平家落人と同様に都落ちして、地方に分散して食料を生産することが近い様に思う。豊かな田舎の原風景が戻り、コウノトリや朱鷺が田舎の空を乱舞するだろう。
兵庫県豊岡市ではコウノトリが野生に帰り、里の空に遊んでいると言う。何時か訪ねたいと思っている。