57歳の時、再就職して、可処分所得は250万だった。馬車馬の労働者の42年間、65歳で定年退職して年金生活の可処分所得も同程度である。
薄給の会社員の時の生活態度は活気に満ち、元気は溌剌だった。家族の目は尊敬の眼だった。
最近は覇気が無く、自主性を欠き、惰性で時を空費する毎日である。年金は遊興費でなく、社会奉仕の代償の報酬であるべきである。周囲の雰囲気は、濡れ落葉、雑草、異常繁殖の天然記念物のカモシカの様な扱いと思い、罪悪感の虜の、遠慮がちな消極的人生である。これは姨捨伝説の復活で負の懐古である。
農夫、漁師、山守、職人は80万程度の年金だろうが、幸せな人生を謳歌している。お迎えが来るまで、生業に従事し社会の役に立てる。
指示待ち人間の会社員の末期は、自分では何も出来ない、一兵卒なのである。しかし何でも出来る能力を秘めている。
兵を養成する教育システムを構築した国家は、老兵に任務を与える責務がある。そして新兵を愛情を持って育て、過酷な経験を課し、将校に育てるビジョン作成が国家の夢で、政治家の野心でなければならない。下士官が老兵の任務で良しとするなら、その軍隊の勝利は無い。
将軍とは、理想郷の平和部隊の指揮官のことで、己を忘れ、他人の幸せを願う、奉仕の精神の権化である。老兵は死なず、仕事を与え給え。多くの老兵は待機している。

薄給の会社員の時の生活態度は活気に満ち、元気は溌剌だった。家族の目は尊敬の眼だった。
最近は覇気が無く、自主性を欠き、惰性で時を空費する毎日である。年金は遊興費でなく、社会奉仕の代償の報酬であるべきである。周囲の雰囲気は、濡れ落葉、雑草、異常繁殖の天然記念物のカモシカの様な扱いと思い、罪悪感の虜の、遠慮がちな消極的人生である。これは姨捨伝説の復活で負の懐古である。
農夫、漁師、山守、職人は80万程度の年金だろうが、幸せな人生を謳歌している。お迎えが来るまで、生業に従事し社会の役に立てる。
指示待ち人間の会社員の末期は、自分では何も出来ない、一兵卒なのである。しかし何でも出来る能力を秘めている。
兵を養成する教育システムを構築した国家は、老兵に任務を与える責務がある。そして新兵を愛情を持って育て、過酷な経験を課し、将校に育てるビジョン作成が国家の夢で、政治家の野心でなければならない。下士官が老兵の任務で良しとするなら、その軍隊の勝利は無い。
将軍とは、理想郷の平和部隊の指揮官のことで、己を忘れ、他人の幸せを願う、奉仕の精神の権化である。老兵は死なず、仕事を与え給え。多くの老兵は待機している。
