『哲学・論理学研究ー学的論文確立の過程的構造(第1巻)』(悠季真理著 現代社)で、プラトンからアリストテレスへの認識の発展について説(解)いていただいている。以下、引用
プラトンは「あの人はああいう意見だけれども、この人はこういう意見であって、どれが最も正しいのだろう?」といった、ある物事についての意見の正否を問うレベルであった。
しかしながら、それがやがてアリストテレスに至ると、「この人はこういうふうに考えて、こういう結論を出したのだけれども、あのひとはああいうふうに考えて、別のこういう結論を出した。それぞれそのひとなりの筋があるのだが、どういう究明の仕方が良いのだろうか?」という問いかけが芽生えてくるようになると思うのである。」(第3章、第3節 究明の方法そのものを問うていくアリストテレスー問いかけ的認識の深まり)
ここで説(解)いていただいている、アリストテレスの視点から、鍼灸にかかわる様々な問題を視ると、これまで見えなかった見ることの出来なかったことが見えてくるように思える。
例えば、現代の鍼灸の学びと実践には大きく二つの立場が、東洋医学的と西洋医学的がある(と学校では教わる)が、通常は自身も含めて、「東洋医学的にはこんな治療、西洋医学的にはあんな治療、どちらが効果があるのがろうか?」という捉えかたしかしていない、と思う。
しかしながら、そういう問いかけでは何も見えてこない、問題の核心に触れることができない、と思う。「どちらの立場にも良いところがあるのだから、ケースバイケースで使い分けて」となるのが・・・・・。
ところが、「どういうふうに考えて、そのような結論を出したのか?」とそれぞれの立場を考えてみると、これまで見えていなかったこと、見ることが出来なかったことが見えてくる。そこにある究明の方法は、教条主義やプラグマティズムであったり事実的な究明(生理機序)でしかなく、究明の方法としては拙いものでしかないということが見えてくる。結果としてあるものが如何に仰々しい立派に見えるものであっても、見たことも聞いたことも無い横文字を使っていても、拙い究明の方法の結果であるならば同じくにである。その結果が有効であったにしても単なる偶然とたいして変わらない。と思える。
アリストテレス的なアタマの働きをなんとしてでもと思う。(それにはソクラテス→プラトン→アリストテレスという過程を踏まえねばならないと思うが・・・・・・)
プラトンは「あの人はああいう意見だけれども、この人はこういう意見であって、どれが最も正しいのだろう?」といった、ある物事についての意見の正否を問うレベルであった。
しかしながら、それがやがてアリストテレスに至ると、「この人はこういうふうに考えて、こういう結論を出したのだけれども、あのひとはああいうふうに考えて、別のこういう結論を出した。それぞれそのひとなりの筋があるのだが、どういう究明の仕方が良いのだろうか?」という問いかけが芽生えてくるようになると思うのである。」(第3章、第3節 究明の方法そのものを問うていくアリストテレスー問いかけ的認識の深まり)
ここで説(解)いていただいている、アリストテレスの視点から、鍼灸にかかわる様々な問題を視ると、これまで見えなかった見ることの出来なかったことが見えてくるように思える。
例えば、現代の鍼灸の学びと実践には大きく二つの立場が、東洋医学的と西洋医学的がある(と学校では教わる)が、通常は自身も含めて、「東洋医学的にはこんな治療、西洋医学的にはあんな治療、どちらが効果があるのがろうか?」という捉えかたしかしていない、と思う。
しかしながら、そういう問いかけでは何も見えてこない、問題の核心に触れることができない、と思う。「どちらの立場にも良いところがあるのだから、ケースバイケースで使い分けて」となるのが・・・・・。
ところが、「どういうふうに考えて、そのような結論を出したのか?」とそれぞれの立場を考えてみると、これまで見えていなかったこと、見ることが出来なかったことが見えてくる。そこにある究明の方法は、教条主義やプラグマティズムであったり事実的な究明(生理機序)でしかなく、究明の方法としては拙いものでしかないということが見えてくる。結果としてあるものが如何に仰々しい立派に見えるものであっても、見たことも聞いたことも無い横文字を使っていても、拙い究明の方法の結果であるならば同じくにである。その結果が有効であったにしても単なる偶然とたいして変わらない。と思える。
アリストテレス的なアタマの働きをなんとしてでもと思う。(それにはソクラテス→プラトン→アリストテレスという過程を踏まえねばならないと思うが・・・・・・)