「旧・東概」のまとめ。再開するとしながらも、再度の長い中断であったので、言訳を一言。
再度の中断の理由は端的には、「現在ある<東洋医学>の全体像を描こう」と始めた「旧・東概」のまとめであったのだけれども、自身の行っている作業が本当に、そのことになっているのだろうか?との疑問が次第に大きくなってきて、「何か違う!」との思いにまでなってしまったからの再度の中断であった。
しかしながら、それは自身の能力の問題であり、本当に問わなければならないことを問わずに、言葉の上だけのまとめとなってしまっていたから。と思い至っての、再度の「旧・東概」のまとめの開始である。
では、本当に問わなければならないことは「何か?」と言えば、端的には、「旧・東概」の言わんとすることを問うことだけでは無しに、「どう考えて」、そのような結論となったのか?ということをも問わねばならないということである。と思う。
そのことを分かっていくということが、本当の学びであり、これは古典の学びについても全く同じことである。と思う。
以上を前説として、「旧・東概」のまとめを再開していくこととする。
再度の中断の理由は端的には、「現在ある<東洋医学>の全体像を描こう」と始めた「旧・東概」のまとめであったのだけれども、自身の行っている作業が本当に、そのことになっているのだろうか?との疑問が次第に大きくなってきて、「何か違う!」との思いにまでなってしまったからの再度の中断であった。
しかしながら、それは自身の能力の問題であり、本当に問わなければならないことを問わずに、言葉の上だけのまとめとなってしまっていたから。と思い至っての、再度の「旧・東概」のまとめの開始である。
では、本当に問わなければならないことは「何か?」と言えば、端的には、「旧・東概」の言わんとすることを問うことだけでは無しに、「どう考えて」、そのような結論となったのか?ということをも問わねばならないということである。と思う。
そのことを分かっていくということが、本当の学びであり、これは古典の学びについても全く同じことである。と思う。
以上を前説として、「旧・東概」のまとめを再開していくこととする。