やまめの庭つくり

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キャスケード

2011-06-28 | フラワーアレンジメント
日曜日はローラン先生のフラワー教室でした.

久しぶりにブーケ・キャスケード,滝の流れのようなウェディングブーケを作りました.

基本は何でもスパイラル.

これは何となく出来ているようなのですが,最近スランプで,美しく出来た~と思えることがありませんyellow23

3年も習っているのに表現出来ないなんて,情けないやら,悔しいやら・・・

先生のデモはいつも簡単そうで完璧なフォルム.



花が下に向かって連続して流れていきます.



教室で作ったやまめの作品.

手元は丸く,流れは1つの緑の流れになるように.

それが目標だったのですが,手元はいびつに,流れは二つに・・・yellow12



ローラン先生に,

「ゼヒ,イエデユックリジカンカケテ,ヤリナオシテクダサイ.ソシテ,ワタシニ,ツギシャシンミセテクダサイ.マッテマスkirakira2

と言われ,何故こんなに出来ないのか悲しい気持ちになりました.

ローラン先生曰く,スパイラルは出来ている,けど,大きくて全体がよく見えにくい花束なので,バランスよく全体を見ることが出来ず,どうしても部分的に集中してしまいがちだからアンバランスになる,ということでした.

家に帰って夜10時過ぎ,全部バラしてやり直しました.

手の温度でシナッとなってしまった葉物や何故か折れてしまったバラもあり,果たしてどうなるのか自信がありませんが,




ちょっと首を左に曲げて見てくださいまし・・・yellow18






教室で作ったときよりもダランとせずに,いい角度でキャスケードになったとは思いますが,もう少し花のキャスケードにしたかった・・・・

でも,やり直す時って最初からやるよりずっと効率的で素早く出来るものですね.

やはり何事も練習と研究あるのみなんですね.

夕焼け

2011-06-24 | ノンジャンル
22日は一年で一番昼間が長い夏至でしたね.

その日を境にググッと暑くなって,早梅雨明けか!?といい出す人まで何人かいましたalien

蒸し暑いのも酷暑もイヤだなぁ・・・

ところで,やまめは外に出ると,よく上を向いて空に見とれながら歩くのですが,夕方はそれで得した気持ちになることがあります.

あと数分で夜空になりそうな黄昏時,夕焼けの赤がもっとも輝いて,空の青さが際だつ瞬間に遭遇したときです.

今日も少しの時間でしたが,きれいな夕焼けを見られてラッキー



綿菓子が飛んでいるみたいな繊細な雲.



ひときわ輝いていた雲.

もっと透明感のあるオレンジの光に包まれていたんだけどなぁ・・・

写真ではなかなかうまく光をとらえられません.

この数分後にただのグレーの雲となって夜空に浮かんでいました.



あのとき,空を見ていてよかった.

そう思えることが小さな幸せです.

西明寺2

2011-06-24 | 庭園見学
苔と樹木の緑に見とれながら坂道を登っていくと,西明寺の庭園にたどり着きます.

西明寺は信長の焼き討ちにあってすべて焼失しましたが,江戸時代に入って天台宗の高僧・天海大僧正の尽力により復興し,1673年に復興を命じられた望月越中守の手により,復興記念としてこの庭園が作られたそうです.



庭園は池泉観賞兼廻遊式で,鶴亀の「蓬莱庭」と名付けられているそうです.

左手に亀島,中央に折り鶴の鶴島が表現されています.



山の斜面を利用し,斜面に多く据えられている石たちは十二神将や四天王を表しているということでした.

とってもにぎにぎしい感じです.

間の刈り込みは雲を象って,薬師の浄瑠璃土を具現化しているといわれています.



ご本尊の薬師如来・日光・月光菩薩を表現した石組みdown



左手の石段を登って庭を見下ろすと亀島が結構大きく見えます.



県の花シャクナゲや様々な花木が植えられています.



お寺の古びた景色にぴったりな渋い日本庭園というものを想像していたのですが,予想に反して明るくにぎにぎしく,極楽浄土を表してして神様たちが顕現している夢のような庭にしたかったのかも知れませんね.

西明寺1

2011-06-22 | 庭園見学
湖東庭園見学3カ所目は西明寺です.

このお寺は平安時代初期,834年に仁明天皇の勅願で慈勝上人が創建したと伝えられている,とっても古いお寺です.

平安時代って・・・普段なかなか感じられない,流れている「時」というものを実感してしまいます.

山門をくぐると,



いきなりこの,苔むした世界.



土留めの石垣が左右にずうっと続く緩やかな参道.



緑色の世界です.





この石垣も素敵な風情ではないでしょうか.



参道も上の方になるにつれて,左右に大きな木が目立ってきます.

そしてその木の根元をみてびっくりyellow25symbol5



参道側は石垣にあわせて根が切ってあるようで,成長しても石垣を壊すようなことにはなっていないようです.



小田原城では成長したマツの根が石垣を壊してしまいそうだということで,マツを伐採するとかしないとか・・・そんなお話があったような気がしました.

大変もったいないことですねham

だってこれらは成長したら,苔むした石垣と一緒になって歴史を紡いでいる生き証人になるわけですから.

空間の重みが違います.









多賀大社2

2011-06-20 | 庭園見学
多賀大社の庭園は,桃山時代に作られ,奥書院に面した135坪の池泉観賞式庭園です.

書院横東に広がるこの平庭から左折,



一気に庭園に下り,池の右側にかかった石橋を渡り

滝石組みへ.(といっても実際自分たちは書院の中からガラス越しにしか見せてもらえませんでしたが・・・yellow13)

自然石の厚みのある橋は大きくて豪華な素材で,橋が低く架けられているのは室町頃の名残が残っているということを示しているのだそうです.橋添え石がないこともこの時代の特徴だそうです.

橋を渡って右側にある枯滝石組みは書院からだとよく見えなかったのですが,1メートル高の水落石を設け,一段下がったところに滝添石,さらに下がったところに水分石も用いています.

このような写実的な枯れ滝の手法は,当時流行していたとのことです.





この庭園は,書院の建物に対して非常に低い位置に作られています.

実際書院の縁から庭を見下ろすような感じになり,このくらい建物に対して低く作らている庭園は非常に珍しいのだそうです.

その理由は北側の流水を利用したからだと伝えられています.



池の中央より右には鶴島,左は亀島.

両方とも荒廃していたそうですが,近年修理されたとのことです.



更に正面奥には巨石を中心とした蓬莱石組があり,背後の築山ともよく調和しています.



池の北側には石垣がありますが,これは洪水等の理由で土留めを作ったからであり,元々は池泉に流水が流れ込んでいたと考えられるそうです.



やまめは桃山時代の庭園というものを初めて見たのですが,教科書で習った蓬莱庭園,思想が具現化した空間とそこに蓄積された時間軸を感じることが出来てよかったです.

主宰のJさんが,素朴ながら豪快,それが桃山時代の特徴だと思うんですよ・・・と教えてくれました.

この後見る江戸期の庭との比較でやまめにも何かわかるかなぁ~alienと思ったのでした.