いよいよ「芸術の秋」、シーズン・インである。先週は早速三つの演奏会に足を運
んだ。音楽は音符で成り立っているが、音符が「音」になった瞬間、それは消えて
いく。「音」が鳴っている時にはさまざまな想いが浮かぶが、それもまたあっという
間に消えていく。
花岡千春ピアノ独奏会
9月6日(火) 於東京文化会館小ホール
W.A.モーツァルト 「リゾンは眠る」による変奏曲 ハ長調
L.v.ベートーヴェン ソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」
F.リスト ソナタ ロ短調
ピアノ;スタインウェイ
調律;武田陽一
6日(火)は仕事のトラブルも発生せず順調に終わり、5時15分には退社。普段は
ピアノの演奏会を聴くのは少ないが、Kさんからお誘いいただき、花岡千春さん
(国立音楽大学ならびに同大学院教授)のピアノ独奏会にでかけた。
夕食は東京文化会館2階の精養軒でカニクリームコロッケをいただく。(--写真
未撮影。)
当日は大ホールの演奏会が入っていなかったが、文化会館が(節電のため)全体
的に薄暗いのにはあらためて驚いた。お休みの大ホール入口には、9月公演ボロ
ーニャ歌劇場のポスターが貼られていたが、ヴェルディ「エルナーニ」の題名役が
サルヴァトーレ・リチートラからロベルト・アロニカに交代となっていた。この日、リ
チートラの死亡ニュースが世界を駆け巡ったばかりだ。
小ホール入口には、会場6時半前から長い列が続いていた。お客様は9割がた女
性だ。
7時を少し過ぎ、花岡さんがメガネ片手に、おもむろに登場。会場が大拍手となっ
た。メガネをかけ、ピアノに向かうと会場が静寂に包まれる。モーツァルトの変奏
曲--キッチリした男声的なタッチだ。残響が多すぎない、このホールにマッチし
た音といえるかしらん。
第1ステージと第2ステージの、1分ほどの間に遅れたお客様が10人ほど入って
きたが、おひとりのご婦人が最前列を横切った。花岡さんはニッコリとその動きに
視線をやり、会場が落ち着くのを待つ。一転集中するや「悲愴」の序奏がスタート
した。やはり粒がキッチリした印象だ。 f は f にしっかり弾かれていく。終わるやブ
ラボーが飛んだ。
休憩中に旧知の I さんから声をかけられる。Kさんとも話に花が咲いた。
休憩後はウィーン古典派のベートーヴェンからロマン派のリストへ。花岡さんはイ
スに座ると大きく集中した。リストの緩急ある曲。交響曲的な響きも表現される。
Allegroはヴィルトゥオーゾの世界。猛烈なスピード--楽譜があっても追えない
のではないかしらんとまで思ってしまった。Adagioはポエティック。
アンコールは3曲--①リスト?バッハ?、②「からたちの花」変奏曲、③ドビュッ
シー?花岡さんのタッチと文化会館小ホールの響きを最後まで楽しんだ。
終演後のロビーには長蛇の列--花岡さんがファンを相手にサイン会を開いてお
られた。ステージからロビーへ直行されたようだ。
公演のポスター
開場時間 長い列が続く
客席から見たステージ
ピアノに向かっているのは花岡さんではなく、調律師の方
後藤友香理ピアノリサイタル
(東京藝術大学 表参道 フレッシュコンサート Vol.18)
9月9日(金) 於カワイ表参道コンサートサロン「パウゼ」
J.S.バッハ 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調
L.v.ベートーヴェン ソナタ第13番 変ホ長調 「幻想曲風ソナタ」
R.A.シューマン 幻想小曲集
A.スクリャービン 幻想曲 ロ短調
ピアノ;カワイフルコンサートグランドピアノ SK-EX
調律;小野寺仁志
重陽の節句である9日(金)にはある「ご縁」があって後藤友香理さんのピアノリサ
イタルを聴きに行った。当日も仕事がスムースに流れ、夕方5時過ぎには退社し、
会社近くで軽く食事をし、一路表参道へ。表参道のカワイへ行くのは初めてだ。
表参道交差点から3分ほど原宿方面に歩くとすぐに見つかった。2階にあるコンサ
ートサロン「パウゼ」は、大きからず小さからず客席約100名のサロンである。
当日のプログラムはすべて「幻想曲」というタイトルの曲ばかり。バロックのバッハ、
古典派のベートーヴェン、ロマン派のシューマン、そして後期ロマン派(?)のスク
リャーピンと年代順に並んだ、音楽史的にも興味深い演奏会だった。
休憩時間にワグネル後輩のSさんを見つけ、談笑。お互いに「なんでこちらに来ら
れたの?」とビックリ!Sさんは後藤さんのリサイタル3回目だそうだ。
J.S.バッハ 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調
出だしは一瞬現代音楽かと思った。後藤さんはゆっくり揺れながら、こともなげに
弾いていく。一瞬ポーズ後のフーガはなるほどバッハそのもの。意外と激しい音楽。
L.v.ベートーヴェン ソナタ第13番 変ホ長調 「幻想曲風ソナタ」
最初がAndante。ぐっと身近な音楽になる。緩と急による構成。やはりベートー
ヴェンはすごいと思ってしまう。後藤さんも好調。1日10時間くらい練習されるのか
しらん。
R.A.シューマン 幻想小曲集
出だしの1曲目はいかにもシューマン。こうして聴き比べるとロマン派への「進化」
を実感できる。5曲目の「夜に」は文字通り幻想的。終曲「歌の終わり」は静かに終
わった。
A.スクリャービン 幻想曲 ロ短調
柔らかな p で始まった、幻想的かつ大きな音楽。燃えるものが放射する部分と
一瞬沈殿する部分の対照がすばらしかった。
アンコールはシューマンかな?夢見るような、また秋の訪れを感じさせるものだっ
た。(終演後に確認したらはたして「アラベスク」作品18だった。)
それにしても入場券2,000円とは、(失礼ながら)破格のお値段(安さ)だった。
<後藤友香理さんのプロフィール>
桐朋女子高校音楽科、桐朋学園大学、東京藝術大学大学院修士課程を経て、同
大学院博士後期課程修了。シューマンのピアノ曲に関する研究で博士号を取得。
ロゼ・ピアノコンクール学生の部、優勝。第12回コンセール・マロニエ21ピアノ部
門入選。ウィーン国立音楽大学マスタークラス参加、同マスタークラス内ディヒラ
ー・コンクールで第1位。
これまでにピアノを市村光子、紅林こずえ、御木本澄子、植田克己の各氏に師事。
現在、東京藝術大学ピアノ科教育研究助手。
表参道交差点
カワイ表参道
会場内部 お客さまで満員
新日本フィル定期 トリフォニー・シリーズ第482回
9月10日(土) 於すみだトリフォニーホール マチネ
R.ワーグナー ジークフリート牧歌
A.ブルックナー 交響曲第7番 ホ短調(ハース版)
指揮;C.アルミンク
コンサートマスター;チェ・ムンス
アルミンクが新日本フィルの音楽監督に就任したのは2003年9月。相性がいいよ
うで、この9月で9年目を迎えた。
この日は暑さがぶり返した。そのせいかしらん、外出時、演奏会チケットを忘れ、あ
わてて引き返す。30分以上のロスとなった。
2か月ぶりの新日本フィル。2011-2012年シーズン定期会員継続の特典CDを
受け取る。今回から座席を通路側に変更してもらった。
今回はワーグナーとブルックナー。この二人は11歳違い、ほぼ同じ時代を生きた。
無論ワーグナーの方が年長である。アルミンクのプレトーク--ブルックナーの話
がおもしろかった。アルミンクのおじいさんはブルックナーの隣村にすんでいたとい
う。ブルックナーは気が小さい人だったらしく、第4番(?)の初演練習の際、指揮者
から客席のブルックナーに「ここはeですか?esですかっ?」といわれ、「あ、ハイ。
ど、どちらでも結構です」と答えたらしい。
この日演奏されたハース版では、第2楽章に打楽器が入らない。ニキッシュなどに
は盛んに打楽器を入れるようにいわれたようだ。(これがノヴァーク版。)原譜には
「ここに打楽器が入らない方がいいのだが」という書き込みがしてあるそうだ。
第1ステージ「ジークフリート牧歌」はコントラバスが4人という中規模弦。(ジークフ
リートは楽劇の登場人物だが、コジマとの長男の名前である。あ、ちょ(そ)うなん。)
指揮棒を持たない指揮。動機の移ろいが続く。美しすぎるほど美しかった。演奏後
も続く静寂。その後に拍手とブラボーが来た。第1ステージからのブラボーは珍しい。
さてブルックナーの代表作にして成功作の第7番。音楽自体がスケールが大きい。
アルミンクは細部にもていねいな指揮。fff にしてもバランスある全強奏だった。
(ちょっと美しすぎたカナ?)
長大なAdagioの「呼吸」がすばらしく、中間部の強大な弦楽合奏にひきつけられ
た。第4楽章Allegro ma non troppo は、ブルックナーらしく3つの主題を持つ。
A-B-C-C-B-Aという流れだが、うっかりするとどこにいるのか分からなくな
る。コーダは、誰でも拍手せずにはいられない、全強奏で終わった。たちまちにして
ブラボーが飛び交う騒ぎとなった。真っ先に立たされたのは5人のチューバ群。ホ
ルン、トランペット、トロンボーンなども立たされた。大きな旋律にひたった70分だっ
た。
今月はブロムシュテットがN響で同じブル7(ただしノヴァーク版)を振る。どんな演
奏になるのだろう。(--私は聴きにいかないけれど・・・・・・。)
東京スカイツリー まだクレーンが残っていた 2011/9/10
* * * *
9月10日(土) 朝刊にマルクス主義の歴史学者遠山茂樹さんの訃報が載ってい
た。遠山茂樹さんといえば『昭和史』(岩波新書)と「昭和史」論争だが、福沢諭吉
の「脱亜論」に注目したことで有名だったようだ。
遠山茂樹→福沢諭吉「脱亜論」(M18年)→小泉信三『福沢諭吉』(岩波新書、
S41年))→飯田鼎『福沢諭吉』(中公新書、S59年)を復習したくなった。なお、い
わゆる「脱亜論」は『時事新報』に掲載された無署名の論説だが、福沢諭吉全集
には載っている。
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私はピアノはできません(昔、音採りを失敗したことがある。)が、ピアノのお上手なIさんをして「見事です」といわしめる花岡さんの演奏を聴けて感謝です。