この11月をもって、2020年のイーハトーブ賢治散歩を終えようと考えていた。
今週は、花巻の台温泉に1泊、大沢温泉に2泊をして、花巻界隈の「経埋ムベキ山」を少し登って、作品ゆかりの地を歩こうと思って、日帰り用具一式をつめ込んだザックとこの頃は定番のモンベルのハイカット登山靴をはいて出かけた。
結果、1日目、「経埋ムベキ山」の飯豊森(いいでもり・えんでもり・いいとよもり)、作品「台川」に出てくる台川と釜淵の滝
2日目、「経埋ムベキ山」の八方山(はっぽうやま)
だけ歩いて、3日目の帰りに予定指定していた一ノ関界隈の「経埋ムベキ山」の束稲山(たばしねやま)・駒形山(こまがたやま)は、湯治場での「湯疲れ」のため次回に回した。
11月で終わる予定だった、上記の予定、3日目分が心のこりなので、来週日帰りで登ってこようか。岩手はもう雪が降り出したみたいだが、一ノ関界隈はまだ登れそうだし、東北地方のクビチョウさん方からの「不要不急の県外移動自粛要請」は、もう少し先だろうと予測されるのだから。
1日目、予定では花巻駅のコインロッカーにザックを保管し、早足で「経埋ムベキ山」の飯豊森と物見崎を訪ね、昼は、賢治さんとは無縁なのだが、1973年に開業し2016年に廃業した花巻市唯一のデパートのデパ食をまるまる復活したのだという「マルカンビル大食堂」で昼食を摂り、バスで台温泉近くを流れる台川と釜淵の滝を訪ねてから宿にはいることにしていたが、南隣の北上市に位置する飯豊森までの往路が、恥ずかしながら5万図の地図上国道と高速道を見誤って遠回りで10k近く歩いたこともあり、1時間30分以上要してしまい、飯豊森を下ったら昼になってしまった。そのため、平日は午後3時まで営業という「マルカンビル大食堂」を賢治さんより優先させることにし、物見崎周回はキャンセルとした。
飯豊森から「マルカンビル大食堂」までは、これも恥ずかしながら5万図に頼らずグーグルマップの経路案内ルートに頼るという「山岳愛好家」に悖る行為に転じたのだが、何と1時間足らずで花巻市内に戻ることができた。紙よりも電子の勝ち。(ちなみに、里山の飯豊森も物見崎もグーグル登録はないので、こちらは紙が電子に勝つのだが、最短で歩くには読図能力が試される。)
里山の鎮守の森のような飯豊森の標高は、わずか131.6mとある。舗装道路を登山靴で歩く長いアプローチだったが、登山口から山頂まではわずか15分程度。それでも、高い杉木立に囲まれた山頂には、古来より里人に大事に守られてきた清楚なお堂と出羽三山信仰と思われる碑のたぐいが鎮座し、得も言われぬ霊感があふれ、近くの高速道の音など立ち消えた静けさに満ちていた。
「ここに、賢治さんのお経が眠っている」。瞑目し、合掌し、「南無妙法蓮華経」と頭で唱える。
この日は、またまた恥ずかしながら赤い屋根のお堂を社(やしろ)と勘違いして、二礼二拍手一礼をして下ったが、麓の案内をみたら十一面観音様が祀られているとのこと。ご利益なし。
結局、朝から25000歩ほど歩いて午後1時過ぎに「マルカン大食堂」に入る。驚いた。午後の1時を回ったというのに大食堂に大勢のお客さん。花巻市民7割、観光のヒト3割というところか、花巻市街の閑散とした様子からは想像もできん賑わいでなのである。花巻市民の総意により復活したという食堂なんだな、と納得。
まるで、ヒトの賑わいだけではなく、食券売り子、ディスプレーのメニューの多さ、ウエイトレスの衣装、テーブルとイス、食器や照明などの装飾、トイレのチンカクシ、どれをとっても昭和40年代のデパ食にタイムスリップしたかのような錯覚に陥るスポット。
ここの名物は、大盛りのソフトクリーム、チキンカツののったナポリタン「ナポリカツ」、ピリ辛の五目あんかけラーメン「マルカンラーメン」でデパート時代から変わらぬ味の人気商品ということで、その日は「ナポリカツ」をいただく。
結果・・・・・。「ソウルフード」だという花巻市民には申し訳ないが△評価。カツは、やっぱご飯とカレーに合うし、パスタは柔いし、ケチャツプソースとパスタを炒めた直後のようなアツアツギトギト感がなく、期待していただけに、やや不満。(まったく関連しないのだが、沖縄県名護市にある宮里食そば屋のトースト付きスパゲッティ(ミートソース)500円の方がインパクトがあった。)
今度来たら「マルカンラーメン」を、と言い聞かせ、古いビルを後にする。
宿のチック前に、台川の釜淵の滝を歩く。花巻温泉が隣接しているスポットなのに、100m置きにクマの文字通り警鐘が配置されていて、思いっきり鳴らしながら歩く。
遊歩道と展望デッキなどがこさえられていて、賢治さんが作品「台川」に描いた大正のころとは様子がちがうのだろうが、滝の様子と台川のおだやかな流れは、当時のものだろう。滝の周りに何人もの農学校生の姿と声が現れるような気がしてならない。
作品「台川」は、「イーハトーボ農学校の春」、「イギリス海岸」と並んで農学校教師時代の生徒たちとの交流を描いた三部作の一つといえるが、もっとも生徒たちの土着の匂いと野生的なエネルギーにあふれており、完成度は他の二作に及ばないのかもしれないが、愛着があり、いかに賢治先生が周囲の地質に造詣があったか分かる作品だ。もっと読み込み、もっと近くを歩いてみたい。
花巻温泉の奥の忘れられたようにひっそりとした湯治場の中でも、古い小さな湯治宿の、その夜の客はオイラだけだった。GOTOだけでは救えない地域と宿もあるのかも。飯が美味しかっただけに、行く末が気になる。
ほんのこんもりとした飯豊森
カリンの木に架かる虹
「千代かけて飯豊森(いいとよもり)の峯高く 里の守(まもり)ら神ぞまします」
の碑に虹がかかる
この標高でも 山頂表示坂
小さな愛らしい観音堂だった。長く守られてきたのだろう。
△評価だが、まずビールでカツをいただいて、次にサラダをいただいて、パルメザンとタバスコをたっぷりふりかけてパスタをいただく。この順序をわきまえれば、評価は〇に転じた。