川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

私が聞いた北朝鮮の暮らし⑬ 《稲荷ずし》 鈴木倫子

2011-02-02 09:42:35 | 韓国・北朝鮮
《稲荷ずし》

 また、食べ物の話。
 
 櫂くんは、日本の食べ物では何が好き?
 
「ぼくは、稲荷ずしが大好きです。」
 
「わたくしは稲荷ずしは大嫌いです」。そばで聞いていたおばあちゃんが、に

べもなく言い切る。「北朝鮮にいる間に大嫌いになりました。」
 
 北朝鮮では、日本からの帰国者が初めて稲荷ずしを作ったそうだ。稲荷ずしを

作るといっても、向こうでは、大豆を手に入れて油揚げから自分で作らなくては

ならない。油揚げというのは、ただ薄く切った豆腐を押して水を切って油で揚げ

ればできるというものではない。本当の油揚げを作るには、豆腐のときよりも濃

い豆乳が必要になる。でもそこまではできないから、豆腐を作る要領でなんとか

油揚げらしきものを作って、甘辛く煮た。そうして作った稲荷ずしを闇市に持っ

ていったら、飛ぶように売れたという。そのうちに現地の人たち(日本からの帰

国者は、もともと北朝鮮にいる同民族をこう呼んでいる)も真似をして、稲荷ず

しを作って売るようになった。闇市のあっちでもこっちでも稲荷ずしを売ってい

る。そこにお腹をへらした人たちが群がってくる。
 
 「闇市の周りには、餓死した人たちの死体がごろごろしているんです。わたく

しは、稲荷ずしというといまだに、匂いを嗅ぐだけで、あの飢えた人たちの顔や

餓死者の情景を思い出してしまうのです。だから、稲荷ずしはもう、匂いを嗅ぐ

のも嫌なんです。」

 そこまで言われたものだから、川越祭りのご馳走に稲荷ずしを作ってもてなす

というわけにいかなくなっちゃった。あたしの得意料理なんだけど。櫂くんごめ

んね。