渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

見本

2020年10月13日 | open






人間、ここまでなってはオシマイという
よい見本。

リアルスチール ブッシュクラフトプラス

2020年10月13日 | open
 
 
リアルスチールのブッシュ
クラフトプラス
を全バラし
て精査する。
 
驚いた。マグロ黒檀を使用し
ている。
黒檀ではなく、アフリカン
ブラックウッド
かも。中国
は冷戦時代からアフリカ諸国
とのパイプは太いので。
うーむ。1960年代アフリカ
傭兵戦争の
臭いがする(笑)。


ハンドル内部に錆が出ていた
ので除去
した。


NCマシンによる加工のお陰
だろう。
物凄い精度が細部
にまで出ている。
90年代末期に一般実用化し
たNCマシン
は、データ入力
だけでオートマティック
で機械加工が寸分の狂いも
無くできる
マシンだ。当時は
国内では1台3000万円
くらい
した。
今では相当値下がりした事だ
ろう。
精度だけなら、手作りのカス
タムナイフ
などはてんで太刀
打ちできない。
しかも、ハンドルを専用ボルト
で固定
してあり、任意に外せる
というのも画期
的だ。木製ハン
ドルも自動フライス盤の
加工痕
が観察され、ハンドルの出来栄
非常に精度が高く、パチ
ンとはめるだけ
でブレード
の隙間は微塵たりとも無
い。ハンドメイドとの違い
唸らせられる。


そして、このナイフが、これ
また使い勝手
が非常に宜しい
少し軽すぎるかな。
 
これね、このナイフは完全に
システム化
され「工業製
品」です。精度たまげる
わあ。個体差限りなくゼロ
でしょうね。
これは物体としては良い物です。
但し、ATS-34よりは錆易いかも。
 
それにしても・・・。
恐るべし、中華人民共和国。
単なる火薬屋じゃなかった。
こんなのをアメリカンナイフ
の1/4の金額
で販売されたら、
そりゃメリケンさんも
日本製
も全く
立ち行かないわ。
てか、そうなんだけど、バー
クリバーも
中国製でしょ?
あれ、実は(笑)。
 
中国のメーカーでは、リアル
スチールとは
別なもう一つす
げえナイフブランドがある

そこはいまは無きヂエッヂさん
指摘していた。こりゃすげえ、
と。
ヂエッヂさん以外での輸入は見
たことが
なく、今でも見ない。
あれは金額もかなり
安いのに
完成度が完璧なので欲しかった
が、入るとソッコーで売れ
てた。
やはり、見て見逃さない人たち
っているん
だよなあ。
 
差し当たり、現今のブッシュ
クラフトシー
ンでは、モーラ
と並んでリアルスチールが
費用対効果ではリードしている
かと思い
ます。
物がいいもの。かなり。偏見
無く見ると。
謎の超廉価ブッ
シュクラフトナイフのアル
テマには負けるけど。
あれ、多分、アルテマはバー
クリバーを
作ってる中国の製造
所製だと思いますよ。
 
一般的に出回っている現行ナイ
フでは、
リアルスチールのこの
ブッシュクラフト
プラスは凄く
良いナイフです。
まだ徹底的には使いこんでいな
いので今の時点では。
でも・・・謎のナイフALTEMA
には負けるかなぁ。
いろいろな物をいろいろな削り
方、叩き方、切り方をした限り
では。
ALTEMAの最大の欠点は、少量
売り切りの作戦だったので、
もう完売ということ。
製造元がどこかとかは関係な
いんです。
良いナイフであれば。
でも安定供給がされないという
のは、ごく一部の人にしか行き
わたらないということになり、
結果としてそのナイフの製品と
しての良さは構成されなくなる。
その点、モーラなどは極めて
そうした観点からは優れている
訳なんです。

私のはハマグリ刃モデル。

GARBERG ナイフの性質を知る MORAKNIV クラフトキャンプ

2020年10月13日 | open

GARBERG ナイフの性質を知る MORAKNIV 
クラフトキャンプ




すげえな。
「フェザーごときでマイクロベベルを
落としてリスクを負うことはない」
と言い切っている(笑)。
しかし、極めて正しい。
このように正しいことを言う人は
今の「ブーム」の中では少ない。
この人は「フェザーごとき」と言う。
これは正しい認識で、現今のあたかも
フェザーを作ることが目的化したよう
なブームは本質を見誤っている。
ウッドフェザーは火口として木片を
薄く削った物であり、点火と着火
為にある。

目的と手段を混同させては本末転倒
だ。
流行という軽薄な風潮に乗ると、
本来の意味を見失う。

マイクロベベルには意味がある。
大工道具などでマイクロベベルを
付けずに研いだりする場合がある
のは、それは作業途中でも研ぐ事
が前提であり、「仕事場」での
研ぎにあたる。
瞬間的な短期間の即効切れ味だけ
を仕事上求めるからだ。
しかし、止め刃がない刃物は、どん
な刃物でも物理的に刃持ちは極度に
低下する。もうそれは「え?」と
思う程に低下する。

事と次第によっては刃こぼれや
刃まくれを起こし易くなる。それは
即だ。
日本刀でも止め刃を付けずに硬物を

切る馬鹿はいない(無知者が蔓延の
現代ではいるのかもしれないが)。

和食の腕の立つ料理人たちが止め
糸刃を必ず付けるのは、料理の場合
には、一度仕事を始めると研ぐ事は
御法度だからだ。研いだばかりの
包丁では料理はできない。匂いが
食材に移るからだ。これは料理人は
絶対にやらない。
包丁人は仕事が終わってから研ぎ
上げて翌日に備える。
というか、そもそも腕の立つ料理人
はそんなにしょっちゅう包丁を研が
ない。腕無しに限って研ぎ過ぎる。
しかもすぐに刃物がダメになるベタ

研ぎで。

この動画の人も言っているように、

マイクロベベルをどうするかという
のは各人の人の好みだ。
しかし、物理現象は厳然として事実
として存在する。
そこは捉え違いをしてはいけない。
バイクにしても、クラッチレバーの
遊びについて、ケーブル式の場合、
遊びを多くするとこういう物理的
特性になる、ということを説明して
いても「それは好みすね」とか言って
物事を識別も理解もできない滑稽な
者が
時々いるが、物理現象は好みが
どう
とかは関係ない次元で存在する
という
ことを理解できないのならば、
どうし
て人間としての知力が保て
ようか。

この動画の方も、マイクロベベルに
ついては厳として存在する物理現象
に基づいてのことを説明している。
その物理的な事象の存在を知った上
でどうするのかは人の好み次第と
いうことだ。
物理現象の認知は、辛いカレーが
好きか甘口が好きかというような
ことと同列ではない。

この動画の人は最初から最後まで、
とても良い事を言って
いる。素晴らしい
見識、知見を発信している。
良い事というか、当たり前で
はあるの
だが、極めてナイフについて
も正しい
見識をお持ちだ。

こうした見識の人が増えてくれれば
よいのだが。特に若い方々に。

この人、きちんとデータも取っている。

俺みたいだ(笑)。
チラ見せ公開してしまっているが。
私の場合、絶対に公開しない。
この動画でも、評価者はイイネに対し
約1割の人間がサムダウンを付けて
いる。要するにその1割の150人は物が
見えない人間ということだ。
物理現象と好みの識別ができずに
混同して揶揄非難したがるクチだ
ろう。
そういう人間たちがいる世間に、
自分が実践で確認した貴重な現実的
実態のデータを公開する必要はない。
公開するならエッセンスだけだ。
だが、こうした実証データの裏付け

があるからこそ、キッパリとした
物言いができるのである。
夢想妄想脳内創作で物を言う人間
とは根本から違うのだ。
こうした実践に基づいた知見と実行
力=実現性の成就を成す力を「実力」
という。


それと、これはあくまでごく個人的な
感想なのだけど。
臭いを感じる。
この動画の人、軍歴あるでしょ?(笑)


私は包丁のみならず、野外で使用する
ナイフにはすべてマイクロベベルを
付けている。



2年間荒野で一人

2020年10月13日 | open

2年間荒野で一人 |
グリッドログキャビンを建てるために
都市から逃げ出す


なんすか?
この根性ネイチャーマンは。



表題の日本語訳は自動翻訳だろう
なぁ。
この彼の場合、逃げ出すのではなく
向かって行ってるから、消極的逃避
ではなく、積極的な攻めのための
都会からの「撤収」ではないかなぁ。
「逃げろ。覚えてやがれ」というのと
「引け引けい。ここまでにして進ぜ
よう」というのでは天と地の差がある。
それに日本語でいう荒野とは大西部

の空っ風の吹くようなグランドキャ
ニオンみたいな所を差す。
森は豊かであり、「荒野」ではない。
これも自動翻訳ゆえかなぁ。
日本向けにカナダから発信している

が、伝えたいニュアンスが伝わり
切っていないところが惜しい。



しかし、まあ、ようやるわ。
恐れ入りました。
でも・・・。
ログが完成するまではどこに寝泊まり
していたのだろう。
それが問題(笑)。
途中からワンコも一緒に生活していて、
野鳥が手にとまるまでに自然に溶け
込んでいる。
いいね~。やるぞ、このログマン。


ブッシュクラフト

2020年10月13日 | open

ブッシュクラフト オーバーナイト【Bushcraft OverNight】

大画面での動画視聴推奨。
(あまり見たことがない程の物凄い
ペチャペチャクチャラーなので視聴
は自己責任で)



本当のブッシュクラフトをしている。
1960年代、70年代初期頃までのキャンプ
というものはこういうものだった。
キャンプ場はあっても今のように整備
されてはいない。
キャンプ場のテン場以外でのキャンプ
は日本全国どこでも誰でもこれだった。
今では軍幕の三角テントを馬鹿にして
ネットであざ笑ったりするような
埒もない無知蒙昧者たちが跋扈して
いる。意地汚い心根の連中がネットで
悪口雑言を書いてせせら笑ってそれで

自分の極小の心の安寧を得ている。
小さすぎる人間たちが。
今でも三角テントや軍幕は現役で各国
で健在だ。
物を知らなすぎるにも程が
ある。


火熾しこそメタルファイアは使わな
かったが、100円ライターも存在しない
時代、すべて火は人の知恵で熾して
キャンプで利用していた。すべて直火。
火口選びは重要だったが、「火を育て
る」ことの難しさは実践を通さないと
理解できないし、理解できても実行が
できない。とにかく実践が野外現場
での先生だ。



テン場の設営の前に、テン場を決めたら、
地形的衛生面を考慮して離れた適切な
方角にトイレをまず作る。そこからだ。
そして、テントの周囲には雨除けの
溝を巡らして環濠を作る。
そうやってテン場作りをしてから、必要
道具の手作りに入った。


半世紀ほど前のキャンプは、世界中で
もろにそれはブッシュクラフトだった
のである。
登山や探検の分野、それと軍事行動の
分野から野外活動のアイテムは発達して
来た歴史がある。
キャンプ専門用具が豊富に世の中に登場
し始めたのは1970年代中期以降だ。
それまでは、それから100年前ほどの
アメリカ西部開拓時代のカウボーイが
キャトルドライブで超長距離を移動
する時の野営=キャンプと同じような
方式で日本でもキャンプを行なって
いたのである。


私にとっては、最新式工業製品を
買い漁り、それの数を並べたてて
「キャンプです」などと言うのは
考えられない。
極端な話、ナイフと銃と馬と毛布
があれば野営できるのがキャンプ
だろうと私は思っている。
つまり、キャンプとは根源的には
ブッシュクラフトであるのだ。
それが生存のためのスキル発揮
局面となると「サバイバル」という
状況になる。
現代におけるブッシュクラフトの
場合は、あえて
飽食の時代に、
「昔かつて一般的
であったキャンプ」
をやることだ。



キャンプが時代と共に様変わりした
ように、今、アウトドアブームと
いう「流行」(実に軽薄で中身が
ないくだらない潮流のこと)によって
ブッシュクラフトと呼称される事も
中身が変容し始めてきている。
それは商業主義の乱入であり、どん
どん新製品を出して消費させる方式
の釣り具やゴルフ用具やキャンプ
用品の商業主義がブッシュクラフト
の世界も侵食し始めている。

100年前の道具でも現役で使える。
本当はそれがブッシュクラフトな
のよ。
日本刀を子孫に残し伝える文化が
日本にはかつてはあったような、
そうしたものがブッシュクラフト
なのよ。
北欧のククサなどはまさにそれだ。
人が生まれたときにお祝いで手作り
してプレゼントする。
貰った赤ちゃんは成人してまでも
それを大切に使う。ただの木製カップ
が何よりのトレジャーになる。
かつては日本では日本刀がそうだった。

ブッシュクラフトに流行は存在し
ない。存在させてはならない。
ブッシュクラフトにトレンディは
要らない。
トラディショナルなカルチャーこそ
がブッシュクラフトの太い背骨だ。


自訓

2020年10月13日 | open


家にあった100年前の包丁を私が自分
自身で再生させた。


人が学ぶ事をやめる時、それは人が人
である事をやめる時である。
(自訓)


最高の食サイト「手前板前」

2020年10月13日 | open


パソコンでしか見られない「手前板前
男前」時代から私は愛読者です。
この方の発信する食情報は、赤も青も
あるけどどれにしようか、というよう
な単なる一情報の一種ではなく、「食
大全」のような盤石さがあります。
食についての行政の不手際もきちんと
板前の立場から批判しているし、また、
人々の健康についても深く洞察してい
ます。
和食職人の包丁人ですが、しっかとした
視点を持っている。
良い料理人、良い日本人だと思います。
本当に人に大切なものは何であるのか。
それをこのサイトは教えてくれます。
おすすめ。

手前板前




ボーダー

2020年10月13日 | open
 


なぜ今まで私は野外活動で便利な
ガス
ストーブ等を使わなかった
のかなあと、
ぼんやりと考えて
た。
アルコールストーブさえ使い始め
たのは
ここ10年以内だ。
 
重要なことを忘れていたのに気づ
いた。
私はブッシュクラフターだったのだ。
だから長年薪しか使わなかった。
私はキャンパーではなく、ブッシュ
クラ
フターだったのだ。何十年も。
 
それゆえ、知人に誘われて公園
野外メシ
を二人でやった時も、
ズラーッと並べら
れた「自慢
の道具」を見せられた時に、
果てしない違和感があったのだ。
その次に私が今度は同人を連れて
行った
のは、担ぎによる徒歩
(かち)での森林メシ
だ。
ブッシュクラフトである。炉は
現地で作
る。うちの山に連れて
行った。
刃物で薪を割りフェザーを作り、
直火で
火を熾す。
キャンパーの知人は途中でもう
限界との
ことで予定を変更し
て下山して帰投する
ことに
た。車が入れない山だ。
「自慢の道具」の装備が多
すぎて、
疲労困ぱいで歩け
なくなったのだ。私が彼の
装備も担いでようやく下山した。
私は刃物、火口、最小限の食器と
食材と
塩と水を水筒に2ℓという
最低限の装備しか
持たない
軽装だ。
重たい銃や弾薬(これが重い)さえ
無いの
だから楽ちんこの上ない。
だが、各種ロープや刃物数種類と
エマージェン
シーキットは欠かさ
ない。
色濃く志向の方向性の違いによる
結果が
出た。
 
私はキャンパーではない。
ブッシュクラフターなのだ。
だが、キャンプツーリングをやる
となると
そうも言ってられない。
直火禁止の場所での宿泊も想
定しなければならない
からだ。
昔はどこでも直火OKだったので、
キャンツー
でもバーナーなどは
携帯しなかった。
今は時代が違うようだ。
 
だが、「自慢の道具」を増やして
重量が嵩む
ことは、それは愚で
はなかろうかという自己
問答以前
に、道具頼りは何か大切なも
を忘却しそうであるという
危険
の匂いを動物的に私は
察知する。
自分の指標を見誤らないように
落ち着き
が必要だ。
自分はバーベキューやファミリー
キャンプ
やグランピングを個人
山行きではやるつも
りは全く
無いからだ。
二輪での旅行きとブッシュクラ
フトの
融合、その方法を目指し
たい。
どうやれば、どこまでシンプル
かつ最大
なものを得られるか。
ミニマムでマキシマムなのが
ブッシュ
クラフトの根元部分で
あるので、そこを
見失わない
ようにしたい。
ギア集めをするつもりはない。
メーカー
の新製品にも全く興味
はない。
必要最小限の装備と創意工夫
で最大の
森林活動を成す
ブッシュクラフトはそれだ。
何十年も昔の道具を当たり前の
ように
現役で使う。
ブッシュクラフトはそれだ。
ブッシュクラフトに流行は存在
しない。
また、流行を作ってはならない。
それゆえ、道具頼りや道具の数
頼りでは
ない人間力というスキル
を磨かないとなら
ないのが、いわ
ゆるブッシュクラフトであって、
便利
や利便性を第一義とし始め
ると、ブッシュ
クラフトが与え
てくれる最重要な「教え」
そのものを見失う。
 
森での活動から何を学ぶか。
それは、決して都会的利便性を
森で実現
させることからは得ら
れない。
それだけは確信的に断言できる。
 
 

源流

2020年10月13日 | open


源流でのイワナ狙いの毛鉤釣りではナチュ
ラルドリフトなどはさせない。
源流では叩く。これに尽きる。

いるいる。
必ずイワナがいる。渓相で判る。
但し、広島県・島根県のこうした源流は
ゴギ(イワナ亜種、金色のイワナ)がウハ
ウハいると同時にクマもウハウハウハハ
といる。私もこれまで4回遭遇した。




きんぴらごぼう

2020年10月13日 | open



かみさん製きんぴらごぼうが殊の外うま
かった。
私は、『あかつき戦闘隊』(1968年〜少年
サンデー連載)の中できんぴらが出てきて
以来、きんぴらごぼうが好きになった。

小学2年の年だが、学校給食ではきんぴら
は出なかった。
当時の学校給食は洋式化推進時代なので、
完全100%パン食、おかずも洋風だった。
給食のコッペパンは決して美味いもので
はなかった。
1960年生まれだが、脱脂粉乳は経験して
いない。生徒に配るカンユも知らない。
概して、神奈川県は首都圏の中でもかなり
進んでいた。特に横浜市、川崎市、藤沢
市の先進性は目を見張るものがあった。
特に藤沢市は文化意識度の高さが際立っ
た。土着的差別排外主義と視野狭窄を解体
させた藤沢は横浜以上に「民主主義的」
な住宅都市だった。湘南と江ノ島がある
市。
また、鎌倉市は幕府が置かれた所で古都
ゆえか、藤沢市民とは気質が違った。
逗子などは金持ちばかりが住んでいた。

ただ、総合的にみて、神奈川県という土地
はかなり住みやすい。
人について真面目に考えている土地柄だ。
そうした良質性は東京都を超えている。
しかし、東京は人権的政策と制度が徹底
している。そこらはやはり首都だ。地方の
田舎の都市とは天と地の差がある。
そうした物性は人的素性をも規定して来
る。
首都圏人と田舎の地方都市の人間は、正直
いうと人が違う。人権意識や、人としての
大切な意識にともすれば田舎の人間は乏し
いという残念な現実が厳然としてある。
視野狭窄や妬み嫉み恨み根に持つ執拗さ
も田舎人のほうが都会人よりも比べ物に
ならないほど強い。
これはどうしてだろうと思う。中途半端な
地方都市ほどそうだ。
これが超田舎の山村部に行くと逆転して
まるでけがれを知らないかのような人々
が暮らしている。

こうした不思議な現象はもちろん学術的に
研究などされていない。
明らかに存在する人間的に悪しき部分を
指摘されたら、当人たちは「そんなのどこ
でも一緒ですよ」と言う。100%言う。
イナカモンの視野狭窄の自己防衛だ。
厳然とそこに存在している現実を自ら今
そうやって自分で示してしまっている事に
気づかない。
土地柄とそれに連動する人柄というものは
日本全国確実に存在している。
それが人の社会で良い方向に作用するのな
ら大歓迎なのだが、えてして、人として
よろしくない場面においてそうした地方の
独自性が発動される事が多い。
イナカモン的性根や風習は悪しき因習と
して日本全国から消滅させたほうが良い。

それはきちんと「国語」としての標準語
を通常使用できる教育と人々のそれの実践
から始まる。
方言の良さを捨象して、狭きコミュー
意識の悪しき象徴としてあえて方言のみ
を使う現象がここ30年ほどで地方で発生
しているが、それは東京への歪んだ対抗
意識でしかなく、国語を無視する行為は
本当の日本の日本人としての統一を阻害
する。
地方分権も町おこしも大いに結構だが、
それがひねた対抗意識に実は根元的なもの
があるとしたら、それによる行為は人間
社会では良い作用は生まない。
狭いエリアでの仲間意識のみが育成され、
必ず排除排外主義が頭をもたげる。
事実、地方の公共放送などではそうした
排外主義的言動が大手を振って行なわれて
いる現実がある。
日本国の国民として心得違いをしている
と強く感じる。


帰らざる河

2020年10月13日 | open

Marilyn Monroe In
"River Of No Return"
- Song "River Of No Return"

名曲。1954年作品。
酒場のシーンではないケイ=マリリンが
とても可愛い西部劇作品。
物語の内容はもろに日活無国籍映画の
「ちょほいと待ちな~」「ちっちっち。
俺のコルトが黙っちゃいないぜ」の世界。
まあ恋愛ものです。



やっぱ、セクシーというよりも、彼女
は可愛いと思うだすよ。
ロバート・ミッチャムの台詞回しが
独特のリズム感があってとてもいい。
後年のリチャード・バートンが同じ
ようなリズム感ある台詞回しだった。
Marilyn Monroe In
"River Of No Return" - Cave Massage


半世紀以上前の役者の力量

2020年10月13日 | open

I Love Melvin (1953)
– Where Did You Learn to Dance -
Debbie Reynolds


デビー・レイノルズかわいいよなぁ。
お人形さんみたいだ。


100年前に生まれた昔の俳優さん、女優
さんでも、ミュージカル
をやる人は演技
だけでなく歌もダンスもでき
なければ
ならない。

ただできるのではない。名人級にでき
ないと
ならない。
ジュリー・アンドリュースの歌、ベラ・
エレン
のダンス等々。

そして、キャメラもワンカットで撮る。
しかも引いて。
これは映画の観客に舞台劇を観劇して
いる
ような錯覚を与える。
CGもデジタル編集機も存在しない時代。
ダンスシーンはすべては本番一発撮りだ。
凄いよなぁ。
フィルムの継ぎ足し編集でのごまかし
映像効果などは一切存在しない。

デビーは可愛いが、ダンスならば絶対
ベラ・エレンだ。ピカ一。
顔は若い時のはしのえみさんに似て
いる
(笑)。
ベラは身長が163センチだったが、一緒
踊る男性ダンサーはベラとあまり身長
変わらない人たちばかりだ。
思うに、元体操選手とかがダンスの分野
で活躍していたのではなかろうか。
Vera-Ellen performs in "Miss Turnstiles"



ベラのタップダンス。
ふくらはぎにアスリートのような筋肉
ついている時なのでかなり若い時だ。
これが後年になるとモデルのように脚
細くなる。そして、キレはなりを潜め
るが優美なダンスをするようになった。
Vera Ellen Tap Dancing on her Toes

こちらは70年前の映画から。
ベラは
フレッド・アステアとよく共演
した。

Three Little Words (1950)
– Mr. and Mrs. Hoofer At Home

どうにも、はしのえみさんに見えて
仕方ない(笑)。
というか、赤ちゃん死んじゃうって
ば(笑)。
今の時代には絶対にできないダンス。