



GARBERG ナイフの性質を知る MORAKNIV
クラフトキャンプ
すげえな。
「フェザーごときでマイクロベベルを
落としてリスクを負うことはない」
と言い切っている(笑)。
しかし、極めて正しい。
このように正しいことを言う人は
今の「ブーム」の中では少ない。
この人は「フェザーごとき」と言う。
これは正しい認識で、現今のあたかも
フェザーを作ることが目的化したよう
なブームは本質を見誤っている。
ウッドフェザーは火口として木片を
薄く削った物であり、点火と着火の
為にある。
目的と手段を混同させては本末転倒
だ。
流行という軽薄な風潮に乗ると、
本来の意味を見失う。
マイクロベベルには意味がある。
大工道具などでマイクロベベルを
付けずに研いだりする場合がある
のは、それは作業途中でも研ぐ事
が前提であり、「仕事場」での
研ぎにあたる。
瞬間的な短期間の即効切れ味だけ
を仕事上求めるからだ。
しかし、止め刃がない刃物は、どん
な刃物でも物理的に刃持ちは極度に
低下する。もうそれは「え?」と
思う程に低下する。
事と次第によっては刃こぼれや
刃まくれを起こし易くなる。それは
即だ。
日本刀でも止め刃を付けずに硬物を
切る馬鹿はいない(無知者が蔓延の
現代ではいるのかもしれないが)。
和食の腕の立つ料理人たちが止め
糸刃を必ず付けるのは、料理の場合
には、一度仕事を始めると研ぐ事は
御法度だからだ。研いだばかりの
包丁では料理はできない。匂いが
食材に移るからだ。これは料理人は
絶対にやらない。
包丁人は仕事が終わってから研ぎ
上げて翌日に備える。
というか、そもそも腕の立つ料理人
はそんなにしょっちゅう包丁を研が
ない。腕無しに限って研ぎ過ぎる。
しかもすぐに刃物がダメになるベタ
研ぎで。
この動画の人も言っているように、
マイクロベベルをどうするかという
のは各人の人の好みだ。
しかし、物理現象は厳然として事実
として存在する。
そこは捉え違いをしてはいけない。
バイクにしても、クラッチレバーの
遊びについて、ケーブル式の場合、
遊びを多くするとこういう物理的
特性になる、ということを説明して
いても「それは好みすね」とか言って
物事を識別も理解もできない滑稽な
者が時々いるが、物理現象は好みが
どうとかは関係ない次元で存在する
ということを理解できないのならば、
どうして人間としての知力が保て
ようか。
この動画の方も、マイクロベベルに
ついては厳として存在する物理現象
に基づいてのことを説明している。
その物理的な事象の存在を知った上
でどうするのかは人の好み次第と
いうことだ。
物理現象の認知は、辛いカレーが
好きか甘口が好きかというような
ことと同列ではない。
この動画の人は最初から最後まで、
とても良い事を言っている。素晴らしい
見識、知見を発信している。
良い事というか、当たり前ではあるの
だが、極めてナイフについても正しい
見識をお持ちだ。
こうした見識の人が増えてくれれば
よいのだが。特に若い方々に。
この人、きちんとデータも取っている。
俺みたいだ(笑)。
チラ見せ公開してしまっているが。
私の場合、絶対に公開しない。
この動画でも、評価者はイイネに対し
約1割の人間がサムダウンを付けて
いる。要するにその1割の150人は物が
見えない人間ということだ。
物理現象と好みの識別ができずに
混同して揶揄非難したがるクチだ
ろう。
そういう人間たちがいる世間に、
自分が実践で確認した貴重な現実的
実態のデータを公開する必要はない。
公開するならエッセンスだけだ。
だが、こうした実証データの裏付け
があるからこそ、キッパリとした
物言いができるのである。
夢想妄想脳内創作で物を言う人間
とは根本から違うのだ。
こうした実践に基づいた知見と実行
力=実現性の成就を成す力を「実力」
という。
それと、これはあくまでごく個人的な
感想なのだけど。
臭いを感じる。
この動画の人、軍歴あるでしょ?(笑)
私は包丁のみならず、野外で使用する
ナイフにはすべてマイクロベベルを
付けている。
2年間荒野で一人 |
グリッドログキャビンを建てるために
都市から逃げ出す
なんすか?
この根性ネイチャーマンは。
表題の日本語訳は自動翻訳だろう
なぁ。
この彼の場合、逃げ出すのではなく
向かって行ってるから、消極的逃避
ではなく、積極的な攻めのための
都会からの「撤収」ではないかなぁ。
「逃げろ。覚えてやがれ」というのと
「引け引けい。ここまでにして進ぜ
よう」というのでは天と地の差がある。
それに日本語でいう荒野とは大西部
の空っ風の吹くようなグランドキャ
ニオンみたいな所を差す。
森は豊かであり、「荒野」ではない。
これも自動翻訳ゆえかなぁ。
日本向けにカナダから発信している
が、伝えたいニュアンスが伝わり
切っていないところが惜しい。
しかし、まあ、ようやるわ。
恐れ入りました。
でも・・・。
ログが完成するまではどこに寝泊まり
していたのだろう。
それが問題(笑)。
途中からワンコも一緒に生活していて、
野鳥が手にとまるまでに自然に溶け
込んでいる。
いいね~。やるぞ、このログマン。
ブッシュクラフト オーバーナイト【Bushcraft OverNight】
大画面での動画視聴推奨。
(あまり見たことがない程の物凄い
ペチャペチャクチャラーなので視聴
は自己責任で)
本当のブッシュクラフトをしている。
1960年代、70年代初期頃までのキャンプ
というものはこういうものだった。
キャンプ場はあっても今のように整備
されてはいない。
キャンプ場のテン場以外でのキャンプ
は日本全国どこでも誰でもこれだった。
今では軍幕の三角テントを馬鹿にして
ネットであざ笑ったりするような
埒もない無知蒙昧者たちが跋扈して
いる。意地汚い心根の連中がネットで
悪口雑言を書いてせせら笑ってそれで
自分の極小の心の安寧を得ている。
小さすぎる人間たちが。
今でも三角テントや軍幕は現役で各国
で健在だ。物を知らなすぎるにも程が
ある。
火熾しこそメタルファイアは使わな
かったが、100円ライターも存在しない
時代、すべて火は人の知恵で熾して
キャンプで利用していた。すべて直火。
火口選びは重要だったが、「火を育て
る」ことの難しさは実践を通さないと
理解できないし、理解できても実行が
できない。とにかく実践が野外現場
での先生だ。
テン場の設営の前に、テン場を決めたら、
地形的衛生面を考慮して離れた適切な
方角にトイレをまず作る。そこからだ。
そして、テントの周囲には雨除けの
溝を巡らして環濠を作る。
そうやってテン場作りをしてから、必要
道具の手作りに入った。
半世紀ほど前のキャンプは、世界中で
もろにそれはブッシュクラフトだった
のである。
登山や探検の分野、それと軍事行動の
分野から野外活動のアイテムは発達して
来た歴史がある。
キャンプ専門用具が豊富に世の中に登場
し始めたのは1970年代中期以降だ。
それまでは、それから100年前ほどの
アメリカ西部開拓時代のカウボーイが
キャトルドライブで超長距離を移動
する時の野営=キャンプと同じような
方式で日本でもキャンプを行なって
いたのである。
私にとっては、最新式工業製品を
買い漁り、それの数を並べたてて
「キャンプです」などと言うのは
考えられない。
極端な話、ナイフと銃と馬と毛布
があれば野営できるのがキャンプ
だろうと私は思っている。
つまり、キャンプとは根源的には
ブッシュクラフトであるのだ。
それが生存のためのスキル発揮
局面となると「サバイバル」という
状況になる。
現代におけるブッシュクラフトの
場合は、あえて飽食の時代に、
「昔かつて一般的であったキャンプ」
をやることだ。
キャンプが時代と共に様変わりした
ように、今、アウトドアブームと
いう「流行」(実に軽薄で中身が
ないくだらない潮流のこと)によって
ブッシュクラフトと呼称される事も
中身が変容し始めてきている。
それは商業主義の乱入であり、どん
どん新製品を出して消費させる方式
の釣り具やゴルフ用具やキャンプ
用品の商業主義がブッシュクラフト
の世界も侵食し始めている。
100年前の道具でも現役で使える。
本当はそれがブッシュクラフトな
のよ。
日本刀を子孫に残し伝える文化が
日本にはかつてはあったような、
そうしたものがブッシュクラフト
なのよ。
北欧のククサなどはまさにそれだ。
人が生まれたときにお祝いで手作り
してプレゼントする。
貰った赤ちゃんは成人してまでも
それを大切に使う。ただの木製カップ
が何よりのトレジャーになる。
かつては日本では日本刀がそうだった。
ブッシュクラフトに流行は存在し
ない。存在させてはならない。
ブッシュクラフトにトレンディは
要らない。
トラディショナルなカルチャーこそ
がブッシュクラフトの太い背骨だ。
Marilyn Monroe In
"River Of No Return"
- Song "River Of No Return"
名曲。1954年作品。
酒場のシーンではないケイ=マリリンが
とても可愛い西部劇作品。
物語の内容はもろに日活無国籍映画の
「ちょほいと待ちな~」「ちっちっち。
俺のコルトが黙っちゃいないぜ」の世界。
まあ恋愛ものです。
やっぱ、セクシーというよりも、彼女
は可愛いと思うだすよ。
ロバート・ミッチャムの台詞回しが
独特のリズム感があってとてもいい。
後年のリチャード・バートンが同じ
ようなリズム感ある台詞回しだった。
Marilyn Monroe In
"River Of No Return" - Cave Massage
I Love Melvin (1953)
– Where Did You Learn to Dance -
Debbie Reynolds
デビー・レイノルズかわいいよなぁ。
お人形さんみたいだ。
100年前に生まれた昔の俳優さん、女優
さんでも、ミュージカルをやる人は演技
だけでなく歌もダンスもできなければ
ならない。
ただできるのではない。名人級にでき
ないとならない。
ジュリー・アンドリュースの歌、ベラ・
エレンのダンス等々。
そして、キャメラもワンカットで撮る。
しかも引いて。
これは映画の観客に舞台劇を観劇して
いるような錯覚を与える。
CGもデジタル編集機も存在しない時代。
ダンスシーンはすべては本番一発撮りだ。
凄いよなぁ。
フィルムの継ぎ足し編集でのごまかし
映像効果などは一切存在しない。
デビーは可愛いが、ダンスならば絶対
にベラ・エレンだ。ピカ一。
顔は若い時のはしのえみさんに似て
いる(笑)。
ベラは身長が163センチだったが、一緒
に踊る男性ダンサーはベラとあまり身長
が変わらない人たちばかりだ。
思うに、元体操選手とかがダンスの分野
で活躍していたのではなかろうか。
Vera-Ellen performs in "Miss Turnstiles"
ベラのタップダンス。
ふくらはぎにアスリートのような筋肉
がついている時なのでかなり若い時だ。
これが後年になるとモデルのように脚
が細くなる。そして、キレはなりを潜め
るが優美なダンスをするようになった。
Vera Ellen Tap Dancing on her Toes
こちらは70年前の映画から。
ベラはフレッド・アステアとよく共演
した。
Three Little Words (1950)
– Mr. and Mrs. Hoofer At Home
どうにも、はしのえみさんに見えて
仕方ない(笑)。
というか、赤ちゃん死んじゃうって
ば(笑)。
今の時代には絶対にできないダンス。