ケン坊のこんな感じ。
キーボーディスト、川村ケンのブログです。




今年はテレビでやらないんですかね、「火垂るの墓」。観たら絶対にボロボロになっちゃうんですが、やっぱり、決して忘れちゃいけない事が描かれているのですから、毎年必ず放送すればいいのになぁ、と思います。

戦争で焼け野原になった東京を、そして日本を、たったの10年で、見違えるように復興させた日本人。歴史的に見ても、その時の目覚しい復興は、奇跡だと言われているそうですね。世界的に見ても、他にまったく例が見当たらない程の、本当に驚異的なエネルギーをもってして、僕達のおじいちゃん、おばあちゃん達の世代は、戦争の痛手から、苦しみ、悲しみから立ち直り、今の日本を作ってくれたんですね。ありがたい事ですよね。

ところで、「三種の神器(さんしゅのじんぎ)」って言葉を聞いた事がおありでしょうか

本当の意味は、天皇家に代々伝わる宝の「鏡、剣、玉」を指す言葉なんですが、それになぞらえて、家庭における「生活を、新しく豊かにする、憧れのモノ」として「冷蔵庫、洗濯機、(白黒)テレビ」を、こう呼んでいたんですね。戦争が終わって10年経った頃、「もはや戦後ではない」という経済白書の言葉で有名な、昭和30年代のお話です。

そして、それからさらに10年ほど経って、昭和40年代に入ると、三種の神器は「クーラー、クルマ、カラーテレビ」に変わります。そして最近では「デジタルカメラ、DVDレコーダー、薄型テレビ」を、それと呼ぶそうです。うーん、こうして並べてみると、最初の「三種の神器」から今の「三種の神器」まで、考えてみたら、どれも毎日のように必ずテレビでやたらとCMを観るものばかりですよね。神器の特売、大安売りだ!(安くないけどね。)

しかし、どれも一度買えば、最低でも10年は使えるものばかりなのに、よくもまぁ毎年毎年、「最新型、新発売!」「昨年の従来製品より、こんなに電気代がお得!」とかって言って、新しいのを販売してますよね(笑)。きっと、10年以上先に販売する凄いものまで、もう開発されているのに、「まぁ、小出しにしようよ。」って言って、ちょっとずつだけ改良して、売ってるんですよね。「切れない電球を作ることは実はもう全然出来るんだけど、そんなん作って売っっちゃったら電球が売れなっちゃうからさー、理論」みたいなものじゃないですかね(笑)。

しかしアレですね。どれだ!?・・・あ、いやー、テレビだけは、時代が変わっても、常に「神器」なんですね。我々がいかにテレビに依存してるか、という(笑)。昔、友人に「試しに一ヶ月間、一度もテレビをつけなかったら、『生活』が変わったよ。面白い発見が一杯あるよ。やってみたら?」と勧められたことがあります。うん、面白そう。実に興味はあるのですが、結局、今だ実行出来ておりません。やっぱり気付かないうちに、依存症になってるんですかね(笑)。どなたか、試してみてくださいませんかね(笑)。

お話は変わりますが、昨日、スリランカで孤児院が空爆され、60人以上の女子児童が一瞬にして亡くなり、120以上が大怪我をしたそうです。しかも、自分の国の、スリランカの政府軍の爆撃によって、です。全ての子供に、それぞれ親が、家族が、兄弟が、いたはずです。一体、何人の人の心を、破壊したことでしょう。子供達にはこれから、楽しい将来が、待っていたはずなのに。幸せに生きる権利が、あったはずなのに。自国民を守る、というのが「国」の最大の存在理由なはずなのに。

世界中で6千万人という被害者を出した、かの大きな戦争。今おじいちゃん、おばちゃん達の努力のよって、皆が沢山の神器に囲まれるまでになった、この日本の片隅で、僕らは暮らしています。僕達は今なお、あるいは今また、戦争をしている国のニュースをテレビやネットを通じて、知ることができます。知ることが出来れば、考えることが出来ます。考えることができれば、伝えることができます。とにかく、戦争は、もう、ゴメンです。この狭い地球で、何を取り合い、争う必要があるというのでしょうか。自分達の子供を殺してまで、なんてね。

写真は。残念ながら三種の神器には名前が挙がっておりませんが、これが僕にとっては、神器のひとつです。MONOの消しゴムと、紙で出来たシャープペン。いつまでも平和に、譜面を書いたりしていられる世の中であってほしい、そして、そうしたいものです。今日は、終戦記念日ですね。僕には、何ができるのかな。

では。



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