「はい?呼びました?」
「呼んだ呼んだ」
「なんでしょ?」
「キミ、今からワシと散歩してみるってのはどうだろうか。」
「え?はぁ、しかし」
「なんだ。例のヒモか?ヒモなんぞその辺にあるので、かまわん。何なら、ワシはヒモ無しでもかまわんのだが(笑)。」
「いや、ヒモの問題じゃなくて。」
「なくて、何だ。」
「あなたは、こちらのお家の犬なので、勝手には、ちょっと。」
「うむ。しかし、暇なのだ。」
「まぁ、確かに、暇そう、ってか退屈そうではありますよねぇ。」
「うむ、退屈で、暇なのだ。掻くところは大体掻いたし。寝るにも限度がある。オモチャがひとつあるんだが、実はいい加減飽きているのだ。なにせ、アレはもう3年もあるのだ。他に何も無いから暇つぶしに噛んでいるが、ここの飼い主は『あれ、相当気に入ってるんだね』なんて言ってやがる。『いや、違う。もういい加減、ワシ、飽きたけん、お。ワシ・・・秋田犬、・・・なんつって(笑)。いや、とにかく、他のくれ。何かくれ。よこせー。オモチャも悪くないが、食いもんだと、なお可。』って言ってやったのだが『あはは、ほら、ワンワンって嬉しそうに吼えて喜んでるね』だとさ。」
「あはは、大変ですねぇ・・・(笑)」
「まぁ、そんなわけでな。とにかく、散歩に行こう。ワシと。おとなしくしてるから。」
「はぁ・・・ですか。じゃあ、ちょっとお宅の方にお話してみますよ。いつかね。」
・・・こんな会話を毎日のようにしているウチに、いつのまにか、本当に飼い主の方とも仲良くなって、ある日、「じゃああなたにお散歩、お願いしようかしら?」って言われて、ヒモ(ってか、リードね)を手渡されたことがありました。
彼(イヌ氏)は、飼い主の方の前ではおとなしくて、
「じゃあ、ちょっと彼と行って来ます。」
なんて感じだったのですが、飼い主の方が見えなくなるところまで来ると、それを見計らったように、突然ガリガリッと地面をかいて、凄い力で猛然とダッシュしました。僕は、本当にあまりの事に面食らってしまい、うっかり軽く握っていたリードから手を離してしまいました。とっさに強く握ったのですが、それでも痛くてちょっと持っていられないくらい、物凄い力だったんです。彼はグッと低い姿勢を保ったまま、そのまま全速力でまっすぐ通りを走って行き、あっという間に僕の視界から消えました。僕は呆然としながら、
「あわあわー。大変なことになったぞ。どーしよー。」と、とにかく飼い主さんの所へ。
ぼくが「すみません、うっかり、手を。」と話すと、
「あらら!」と少しビックリされましたが、怒られることはなく、そのまま家に帰されました。
あとで様子を見にそのお宅へ行くと、彼はしっかり檻の中に。
「あれから3時間くらいして、トコトコ帰ってきたのよ。いつもお散歩は30分くらいだから、もっと色々歩きたかったのかもしれないわね。で、きっと途中でお腹減ったんじゃない(笑)?」
ですって。
僕が、小学校4年生か5年生の頃の出来事です。そのイヌ氏は、当時の僕と同じくらい大きくて立派だったけど・・・
僕が近所の中学校に上がった頃に、・・・老衰で、死んでしまいました。
それから、その檻の前を通る時に、どうしても彼の姿を探してしまって。もういないのは解ってるのに、それが寂しくて、僕はその家の前を通るのを避け、少し遠回りでしたが、帰り道を変えたのでした。
写真のイヌ氏は、本文のイヌ氏とは直接関係ありません。イメージ映像です。ロケ地、近所。(←カラオケか)。
ではー。