月曜テニスを早退したのは名証の株式投資ウインターセミナーが当選しており、13時からなので早めに昼食を摂っていく必要があったから。会場はいつものナディアパークです。
この日の企業説明は3社ですが、いずれも社長さん自らが出席してのプレゼンテーション。上場企業の社長さんの実際の姿人となりを見て何を話すのか聞き、どうしてこの人がトップに立ったのかと想像するのは興味を惹かれます。その企業の在り様というか風土も分かるような気がします。投資対象とは別に好奇心をそそられます。
さて最初はケイティケイ株式会社。と言っても全く基礎知識なし、初めて聞く名前です。
説明を聞くとそもそもはリサイクルトナーを製造販売するところから始まったのですが、中小企業・小規模事業者を対象にサプライ事業を行い併せてITソリューション事業を行って共通プラットホームとして「yoridori」を起ち上げている。どうも強みがよく分からないのですが、中小事業者にきめ細かい対応をして顧客にしていると言う点でしょうか。社長さんは真面目な能吏という印象ですが、創業者は会長みたいで、見込まれたんでしょう。
次の会社は日本空調サービスですが、一応私は株主。事業内容はよく分かっているつもりですが、以前の社長さんは口八調のイケイケどんどんの人から一転朴訥な真面目な人に替わったのですが、業績は当然ながらイケイケどんどんの人の時は良かったのですけどコロナ禍の影響もあったのでしょうけど最近はちょっと足踏み的。今の社長さんは今年替わったばかりですけどどちらかというとイケイケどんどん的で活力ありそう。業績も上向き予想しています。質疑応答では海外事業について質問があったのですが、中国は赤字でシンガポールは頑張っている。タイ、ベトナムは苦戦とかですが、そもそも人を大事にして内部養成して人材として活用していくと言うモデルが海外で通用するのか?会社の経費で技術を身に付けた途端もっといい条件で転職されたらどうする?
最後は東名。実は太陽光発電で売電している先なのですが、具体的に何をやっているところがは無知でした。オフィス光119事業として快適なインターネット環境を提供しオフィスソリューション事業として電力サービスや情報端末機器など提供とか。主な顧客は飲食・理美容・小売業で、大手業者がなかなか組織立って扱え切れないいわゆる隙間をターゲットにしている。中小事業者にとってはきめ細かい対応は有り難くネットとか電気に対する需要はあったみたいで業績は右肩上がり。果たしてそれがどこまで行くかということが課題ですが、まだまだ需要はあると強気でした。この会社はまだ若い会長がプレゼンですが、この人が創業者なんでしょう。ちょっと今風のIT企業の社長さん然として自信たっぷりの話ぶり。
第二部の株式講演会はニッセイ基礎研究所の井出真吾さんが講師。
見出しに書いてあるようにこれからの日本経済はインフレは2%程度は定着し、総人口は減り高齢化率は39%(2070)となる。社会保障の負担増は避けられないけど明確な財政計画はない。賃上げは二極化し人手不足倒産も増えていく。日本企業は人手不足に対応するため設備投資して付加価値アップを図っていくしかない。日本企業の業績は堅調で、その面では日本株に伸びしろはある。株価で言えば当面は35000円から40000円程度?
一方アメリカ景気は過熱気味で米国株のPERはコロナバブル時に匹敵、どこかで修正されるかも。トランプ2.0ではインフレ再燃の可能性もある。
結論的には長期的にはNISAを活用して日本株に投資しなさいと言うのはいかにも名証のセミナーです。
ホテルを出て歩いて有馬温泉ロープウエィまで歩いて行きます。およそ1キロもなくて歩いて15分くらいと聞いたのですが、山のふもとまで行かなくてはいけないのでひたすら坂を登っていく。距離よりも登りが堪えます。それでもゼイゼイ言いながらほぼ15分で乗り場に到着。
さすがに10時前なのでお客も少なく時間には乗り込めます。スイス製とかの新しいゴンドラでした。
曇っていて案じていましたがロープウエィからは有馬温泉街だけでなく丹波の山々や遠くの街並みまで見えて壮観。
六甲山上に到着すると少し歩いて六甲ガーデンテラスへ。ここに展望塔があるのですが、階段3階分ぐらいを自分で歩かないといけない。でもそこからの眺めは素晴らしい。神戸の街を眼下にして、六甲アイランドが正面、瀬戸内の海が広がり、大阪の高層ビル群、霞んでいましたがかすかに関西空港のある泉佐野の高層ビルまで見える。
降りてからの展望デッキからでも景色が広がっています。
人とおり見てバスに乗ろうとバス停で待っていたら、カメラマンが4人ほど集まっている。何事かと思ったらそこにブラマヨの小杉が登場。さらにダイアンの津田、ミルクボーイの内海と知らない芸人らしき人がこれからロケを始めるみたい。もう少し見ていようと思ったのですが、すぐにバスが来てさようなら。
バスでケーブルカーの駅までに行き、ケーブルカーに乗るのですが、今年は春に比叡山のケーブルカーに乗っていて、人生でこんなに頻繁にケーブルカーに乗るのは初めて。
因みに六甲山のロープウエィ、山上巡るバス、ケーブルカーを結ぶ乗車券1780円があったのでそれを購入したのですが、別々の購入してもほとんど料金は変わらない。山上バスの乗降回数フリーなのが特典みたいですが、そう寄るところもなくすぐ下山したのでほとんどメリットなしでした。
ケーブルカーはロープウエィと比べると景色はほとんど見るべきものなし。降りてからは市バスで駅へ行くのですが、市バスは一律230円で、阪神の御影駅までほぼ30分乗車。マナカで乗れるので便利です。
御影駅から難波へ行きお昼を食べようと道頓堀を歩いたのですけど、平日昼間なのにすごい人。高校生らしき団体とインバウンドの人たちで道は歩くのも大変。人に酔いそうです。一応橋の上からグリコの看板を一枚。橋の欄干には飛込禁止の張り紙もあります。
道頓堀一帯はいつの間にか街の雰囲気が変わって、ずぼらやも食い倒れの店も閉店していて、やたらにたこ焼き屋とラーメン屋、焼き肉、串カツの店が目立ちます。法善寺横丁にも串カツ屋が進出していました。どうもミナミが新世界化してきたようで私の知っているミナミではない。本当はづぼらやで久しぶりにフグでも食べようかと思っていたのですが、見当たらなくて彷徨った挙句、結局串カツの横綱にしたのですが、さすが大阪、生ビールは170円、ハイボール99円。でも毎度ながらのQRコードを読んでスマホから注文、年寄りにはなんだかな~店員さんはアジア系の外国の方で日本語は意思疎通はできるけど少し片言。
帰りは近鉄難波から火の鳥に乗車。
新幹線の倍、時間がかかりますが、新大阪まで出てと思うとまあ、火の鳥の豪華な座席で缶ビールを飲みながらゆっくりするのもまた楽しからずや。
この日の旅館は「有馬御苑」です。バス停・駅から徒歩2分となっていましたが、バス停のすぐ向かいで道を渡るのに手間取るので2分とはいかないのですが、本当にすぐです。
フロントの対応はよかったのですが、部屋は本館のエレベーターでいったん7階まで行き、そこから狭い通路を通って新館へ行き、そこからまたエレベーターで10階へ。窓からは温泉街が一望出来て景色はいい。因みにこれは朝の日の出直後の窓からの景色。
夕食は18時20分にしたので、風呂に入る前に暫し温泉街巡り。
依然来た時に金の湯、銀の湯を含めて一通り街を歩いたので、今回はそこそこにしましたが川沿いの遊歩道から見る紅葉がきれいでした。
お風呂は本館7階なのですが、部屋のテレビからホームページを見るとお風呂の今現在の入浴人数が出て来て混み具合が分かる。これは便利です。お風呂自体は金泉銀泉と普通の浴槽と3種類の浴槽があるのですが、お風呂からの展望はなし。銀泉は屋根がなくて一応露天風呂になっていますけど天井がないだけで見晴しがないので露天の雰囲気なし。朝晩で男女の交代もなくて、そこそこの大きさですが温泉としての感動はない。
夕食は大部屋での提供。神戸牛のしゃぶしゃぶもついているのですが、いわゆる可もなし不可もなしの旅館の夕食。当然ながら韓国とか中国のグループもいるのですが、従業員さんは日本人だけでもないのですが、普通に韓国語とか中国語も話していたので、今どきはこれでないと出来ないのかと感心しましTs。
品数は多くていろいろ種類があってどれも美味しいのですが、これだと言う感動はなかったですかね。生ビールを飲んだ後は日本酒3種類の飲み比べセット。
1杯90㏄なので3杯飲むとそこそこ酔ってしまう。やっぱり大吟醸が一番でした。
因みに朝食も同じ会場で、欲を言うとグループごとに簡単な間仕切りでも立ててくれたらと思った次第。
みそ汁は豚汁でコンロで温めます。干物もコンロでとできるだけ従業員の手を煩わせないようにできています。品数は多くて満足ですが、やっぱりこれはという感動がない。個人的な好みで言えば朝はいつもパンにジュースとヨーグルトなので、やっぱりいろいろ選べるバイキングの方がよかったかな。最後にコーヒーのサービスが欲しいものです。会場の隅にでもコーヒーサーバーが置いてあり部屋にも持ち帰れるようにしてくれるとよかったのに。
総じて従業員の対応はよく感じよかったのですが、料理も部屋もお風呂も値段相応の平均点。これだと言う売りがない印象ですかね。部屋についている櫛と歯ブラシは竹製でこれはちょっとよさげなので家に持ち帰りました。
ホテルは9時30分にチェックアウト。フロントで道を聞いてロープウエィへ行くことにしました。
2023年に同じ有馬温泉の兵衛向陽閣に宿泊しているのですが、部屋は洋室と和室の違いで好みがあるのですが、私は最近はベッドの方がいいので窓からの景色も含めて有馬御苑の方がいいかな。食事もバイキングと和食のどちらがいいかの話ですけど、これはどちらも一長一短で引き分け。朝食はバイキングに1票です。お風呂は断然3か所あって全部入れる向陽閣に分がありますね。
有馬温泉に行ってきました。久し振りの新幹線です。
京都までは、ぷらっとこだまで行きましたが、相変わらずスマホ不慣れでドリンクをうまく注文できずに悪戦苦闘。
京都で降りてこの時期は紅葉シーズンでどこへ行っても混むだろうと穴狙いで伏見に行くことに。近鉄で桃山御陵前まで約10分。駅に観光案内看板とかパンフレットがあってもいいと思うのですが、そういう類は一切なし。商店街をぶらぶらしながら、まずは蕎麦屋で腹ごしらえ。その後龍馬通りという狭い商店街を抜けて寺田屋を目指します。
川沿いに出ると寺田屋がありました。佇まいは江戸時代のまま。
入場料が600円なのですが、外観だけでパス。運河沿いが遊歩道になっているのですが天気もいいしぶらぶら歩くと気持ちいい。
十石舟の船着き場迄歩いて行きます。今回は京都から有馬温泉のバスの時間もあって予約をしなかったのですが、平日昼間でも観光客で一杯みたいでした。もう少し時間があれば乗船しても良かったかも。予約は二日前までならネットで出来ます。
近辺は伏見の酒蔵が立ち並んでいて、いい感じ。
この日は船着き場に近い月桂冠で有名な大倉記念館に行きました。黄桜酒造も近くになるのですが、なぜか火曜休みで行けず。記念館は入場料600円ですが、入口でお猪口とコイン3枚が貰えて最後にこれで試飲が出来ます。
酒造りの歴史と実際の行程の展示もあるのですけど、それだけでは入場料600円は高い。でも試飲は大吟醸も含めて10種類のお酒を選んで3杯飲めます。お猪口もつくのでまあいいか。当然ながら一番高そうな大吟醸を3種類いただきます。
試飲1杯は25㏄なので3杯では足りないと言う人はコイン1枚100円で追加出来ます。最後にはショップがあって試飲したお酒を購入できます。一応300㏄の純米大吟醸「鳳麟」を購入しました。
ここから駅に戻って今度は反対側の御香宮神社へ。ここの表門は伏見城の大手門を移築したもの、本殿は徳川家康の命で造営されたとか。
鳥羽伏見の戦いでは薩摩藩の屯所だったそうです。ここだけでなく町のあちこちに鳥羽伏見の戦いの時にはというところがあります。
バスの時間には少し早いですけどここらで京都に戻ります。京都では駅に近鉄の豪華特急「あおによし」が停まっていて、その内部の豪華さにちょっとびっくり。
京都では有馬温泉行きの高速バスが15時10分発。乗り場がちょっと分かりにくいのですが、大きなスーツケースを持ったお客が並んでいる。外国人でほぼ満員だったのでちょっとびっくりしました。バスは順調に運行され時間より予定より15分ほど早く有馬温泉に到着。
小人閑居して無料セミナーに行く。
暇つぶしに丁度いいかと名証のウインターセミナーの申し込んだら当選したので行ってきました。
今回の企業説明会では2社とも社長が出て説明してくれます。会社がどういう会社かという判断材料として社長さんの人柄が重要だと思っていますので、こういう機会にどういう社長が出てくるのか楽しみです。そのうちの1社のジャパンマテリアルは実際に株を持っていて、以前社長さんの講演を聞いてこの人は信頼できるかなと思って購入した記憶です。今回また講演を聴けるのが楽しみです。会場はナディアパークデザインホール。
13時開演なのでお昼を早めに食べて駆けつけます。
最初は「オートサーバー」という会社ですが、まったく知らない。
社長さんは会長の創業者から見込まれた人なのか?こういう会場での講演はまだ慣れていないのか原稿を読みながら資料に従ってアドリブなしで進めていきます。1997年豊橋で創業で、中古車市場でのオークション代行、取引仲介のASNETを運営しています。BtBの業務なので私が知らないのも無理ないかも。この会社の強みはあらゆる中古車取扱事業者の小口ユーザが加入していることで、約15万のうち8万あまりのユーザが加入している。国内160のうち147のオークション会場とデータ連携していて落札を代行している。中でもUSSとは唯一の連携会社とか。この幅広い連携と業界最多のユーザー数、提携台数は国内での参入障壁として唯一無二の存在となっている。問題は国内での中古車市場の動向でしょう。新規ユーザの獲得、提携台数の増はあったとしても販売流通量が飛躍的に伸びるとは思えないのですけど如何?
次の会社は「ジャパンマテリアル」
田中社長さんはもうかなりのお歳だと思うのですが、矍鑠たるものでこういう講演は慣れたもの。立て板に水です。この会社は定年などなくて60歳過ぎても辞めたいと言うと社長の許可を得なければいけないとか。これから半導体・液晶工場が日本でどんどん増設されてくるので特殊材料ガス・バルクガス・製造装置メインテナンスなど不可欠なライフラインを支える会社として当然右肩上がりの成長が見込まれる。当然ながらラピラスの工場のできる北海道、TSMCの工場が出来る熊本、マイクロンの工場のできる広島と新たに事業所を開設している。それにしては株価はさえないけどこれは如何?質疑応答でもありましたが一過性の対策は取るつもりはなく株価は業績に伴うものと潔い。因みに特殊ガスは国内製造していなくていろいろな国から輸入しているとか。輸入が停まると半導体が製造できなくなると言われると安全保障上大丈夫かなと思ってしまいます。
第2部の株式講演会の講師は兜町カタリストの櫻井英明さん。本人曰く与太話と言っていますが、それなりに聞いていると楽しめますが、昔ながらの株屋のおしゃべりという感があります。
令和6年の相場予想は大体当たったとかで、令和7年の相場予見を出していましたが、これは当たるも八卦、何の根拠もないですよね。印象に残ったのは電力需要がこれからひっ迫してくるので、その関係の会社は注目と言うことか。
15時30分には予定通り終了。無料の暇つぶしとしては充実した半日でした。
白鳥庭園では紅葉の季節になると週末ライトアップしていろいろなイベントを開催している。
今年は残念ながら紅葉にはまだ少し早いのですが、芝生広場のイベントで簡単なステージを作ってコンサートなどを開催している。
その中におしゃべりピアニストひらめさんのコンサートがあったので行ってきました。
ひらめさんは20年ほど前に保育の関係の研修会に来ていただいて演奏して頂いた記憶があるのですが、楽しいコンサートで機会があれば是非と思っていたのです。時間に間に合うように早めに行くとステージでは前の順番の「堀川太鼓」をやっていました。
堀川熱っ鼓の会の演奏でしたが、屋外でやるのには太鼓のお腹に響く音は似合います。
続いて14時30分からはお待ちかねのひらめさんのステージ。天気は晴れているのですが、風が強くて北風なので寒い。日差しのない椅子に座っていると震えてきそう。そのためか観客は満員とは言い難い。
ひらめさん(平松八江子さん)が登場して来たらまさかの着物袴姿。今回のテーマは「秋色の調べ・和のこころ」ということからみみたいです。
最初は木曽節、女ひとりの2曲をピアノとともに。屋外で風が強くて条件としてはよくないので音も少し飛びがち。
続いてバリトン歌手の友森美文さんが登場します。結構まじかでのプロのバリトン歌手の声量はすごい。圧倒されます。
歌とピアノを入れ替えてゴンドラの唄を歌ったりしてから二人がそれぞれ歌ってくれたのですが、「もしもピアノが弾けたら」とか「また逢う日まで」とか私にとって懐かしい歌も出て来て思い出がよみがえってきました。ひらめさんのオリジナル「きみの手」はいい曲でした。因みにNHKのみんなのうた出来ないかと手紙を出したら一般募集はしていないと断られたとか。残念~
二人の軽妙なおしゃべりと掛け合いで楽しませていただいた1時間余りでしたが、如何せん寒かった。この日は後の予定もあって最後の2局は聞かずに撤収してしまいました。すいません。
白鳥庭園内に生け花とかも展示してあり、ライトアップは12月1日までですので、そちらもよろしく。
紅葉は遅れていますが季節は順調に進んで池にはカモメの大軍が闊歩しています。
浴衣とシャンプー網そりなどはロビー前の置き場から自由に持っていくスタイル。なぜか浴衣の帯は部屋にあります。
部屋からは熱海の海と街を一望出来てこれは気持ちよかったですけどね。
夕食は食堂ですが結構広い。時間を区切らなくてはいけないのは厨房と配膳の人の手配?そう言えば外国人の従業員も多くて一生懸命料理の説明をしてくれました。
施設的には廊下のカーペットが破れていたところもあり、部屋のテレビは世界の亀山モデルのシールが貼ってあるのですが、もはや年代物と宣伝しているようなものでは。
どうも全体に経費・人件費をできるだけ省いて決められたサービスを提供しますと言うスタイルみたいですけど、施設の運営優先で日本の旅館のおもてなしの気持ちは感じられませんでした。熱海ではこの値段ならこれくらいと言うことなのでしょうか。亀の井ホテルは全国展開しているのですが、須らくこういうコンセプトのこういうランクのホテルと言うことなんでしょう。
朝食のバイキングは時間内なら何時行ってもよくて、干物、シラス、鯛とろろを始め和洋中と品数豊富で美味しかったのはいいのですが、朝のバイキングはいつも食べすぎて、それでも全部の種類は食べられないので満足感が不完全燃焼。これは仕方ないですけどね。
窓からはちょうど日の出が見えて、朝風呂の後に見る海からの日の出は気持ちいい。
帰りの送迎バスも10時台は満員で9時30分ホテル発に。いつも満員ならばマイクロバスではなくて普通のバスにしたらと思うのですけどたまたま?帰りは15分ほどで駅に着いたのですが、せっかくなので仲見世通りと平和通りの商店街を一回り。早くもチェックアウトした観光客が出てきて結構な人です。
この日はここから在来線で沼津へ行きます。マナカが使えるので至って便利です。
沼津駅からはバスに乗って沼津港へ。このバスもマナカが使えて市内なので200円。
港の近くには飲食街があり、海産物の店が並んでいる。土日は多分すごい人なのでしょうけど、平日のお昼前では閑散としています。
港周辺を一回りぶらぶら歩いて、沼津港の入り口にそびえたつ大型展望水門に行ってみました。入場料100円を支払って展望室へ。
平日と言うこともあって他のお客は誰もいない。展望室を独り占めできました。
展望室からは港が一望できますし、沼津から北の山々も見えます。
しかしまたしても富士山は頭が雲に隠れている。どうも今回は富士山には嫌われている旅でした。
一回りしてもなかなかお腹は空かず、結局沼津駅まで戻って駅前のお寿司屋さんで寿司を食べながら生ビールにお酒で昼食にしました。
帰りは三島まで戻って新幹線ですが、沼津からの料金は三島からと同じです。
車窓からは新富士過ぎから富士山が見えました。
近くでは嫌われ遠ざかると姿を現す富士山、なんだかな~
久し振りの新幹線です。こだまなので空いているはずと言うことで自由席にしましたが、予想通り余裕で席を確保。
浜松過ぎ頃から車窓から雲の上に頭を出している富士山が見えました。
ところが静岡過ぎるあたりから富士山は雲の中に隠れてしまいました。
この日は三島まで新幹線で行って、そこからバスで三島スカイウオークに行くことに。東海バスフリー切符の三島1日券みしまるきっぷ1500円なのでそれを購入、でも三島スカイウオークまでは710円なのでそこだけでは元が取れない。
とにかく30分ほどで三島スカイウオークに到着。
ここは人道橋としては日本一長いつり橋がメイン。でもこの日は雲がかかって富士山が見えない。
景色は雄大で駿河湾迄見えるので気持ちいのですけど富士山は見えないのは臥龍点睛を欠く。
ちょっとびっくりしたのはこの橋は全くの民間ベースでの建設だったこと。
まあ、他にアミューズメント施設を併設しているので何とか成り立つのか。でも橋を渡るだけで1100円はちょっと高い。富士山が見えないのなら100円割り引いてほしい心境です。
園内をふらふら歩いても1時間もあれば十分。時間はあるのでここから少し足を伸ばして山中城跡へ行きます。バスで山道を登って5分ほどです。でもこれでフリー切符の元は取れました。
山中城跡は丁度整備工事中で大丈夫かと思いつつ工事現場の横を歩いて入っていきます。
工事中と言うこともあって案内看板がなくてここは改善の余地ありですが、バス停横の休憩所にパンフぐらいがあったかも。
少し歩いて行くと北条氏の旗が立っていたりして城中心部に向けて登って行きます。
この城は石垣の城ではなくて土塁の城。三の丸、二の丸、本丸に上っていくのには虎口とか土塁、空堀とかあって、複雑な縄張り。
お目当ての障子堀には工事の人に聞きながら登って行きました。
草刈もやっていて障子堀の状態がよく分かる整備がされています。
バスに時間があるので長居せずに道まで降りてきたのですが、そこは丁度旧東海道の石畳です。
この城はまさに東海道の横にあって小田原に向けて進軍する秀吉軍を阻止する要所に建っています。
縦横に堀や土塁がめぐらしてあり、この城がどうして秀吉によって半日で落ちたのか縄張りなどからは理解不能なのですが、圧倒的な兵力と火力で犠牲を厭わず力攻めした結果なのでしょう。
ここから箱根峠まではバスで10分ほどなので、時間と体力があれば箱根峠まで旧東海道を歩くのもありですが、この日は三島へ戻るバスの時間があるので帰ります。今更なんですが、三島スカイウオークには行かずに山中城と箱根峠を行っていればよかったかも。歩くだけなら無料ですしね。
バスで三島に戻って在来線で熱海に向かいます。
13:00からの開講なので、早めにお昼を食べて12時には家を出て金山から名駅へJR、そこからあおなみ線に乗り換えてささしまライブ駅。あおなみ線は基本15分に1本なのですがホームに出ると丁度列車が出た後。名駅からセカセカ歩いて行っても15分くらいで着くのですが、敬老パスで無料なので、ここはあおなみ線の魅力に勝てません。
愛知大学は駅から直結なのでそのままグローバルコンベンションホールへ。
会場は200名定員ですけど、入場者は5~60名ほどか。その分隣を気にすることなく余裕をもって座れますけど、ちょっと寂しい。
講師は早川大介愛知大学経済学部教授。日本経済史・金融史が専門です。
さて、大河ドラマの主人公にもなり、新1万円札のモデルにもなり、なにかと今話題の渋沢栄一、派手な女性関係から結婚式の御祝儀には使えないとか、当時なら艶福家として非難はおろか称賛されていたのでしょうが時代は変わっています。それにしてもいろいろなことを考える人がいるものです。
渋沢栄一が生涯に関係した企業は、約500社にも及び、今も経済界に重きをなしている企業も多い。欧米の知識、技術を導入した新産業・鉄道・築港などインフラストラクチャーに関わるものが多い。今回の講義はグッと絞って第一国立銀行と大阪紡績(東洋紡)の2社について紹介しています。
明治初期の銀行制度の導入については,アメリカ型とイギリス型のモデルの採用について論争があり,結果アメリカのナショナル・バンク制度をモデルとする「国立銀行」制度を構想し、株式会社形式の民間企業で銀行券を発行する国立銀行を作ることに。第一国立銀行は1873年7月に設立され、大蔵省を退官した渋沢が総監役に就任している。渋沢は後続の国立銀行の設立を支援しており、銀行員の派遣、業務研修、定款・諸規則の雛形提供、出資と金融システムの整備を進めている。
今の都市銀行、地方銀行の淵源はここから来ていると思うと記入システムへの渋沢の貢献は計り知れない。
明治政府が近代工業化を進めるにあたり、最初は手掛けたのが生産が比較的容易な機械制紡績業なのですが、それを日本社会にちゃんと定着させるのは単純なことではない。最初政府主導で紡績機械を輸入し国産化を試みるけど失敗。その後殖産興業政策の一環で1880年代に官営模範工場・機械の年譜払い下げ・政府による機械代金の建て替えなどなどを行うのだが、いずれも経営不振になる。
ここで渋沢は外国の方法の受け売りではなく日本に適応したものを作らなければいけないと大阪紡績を設立。その際ロンドン留学中の山辺丈夫をリクルート。イギリスで紡績技術・経営を学ばせ、英国人技師を招聘し、技術指導させる。立地を考慮して機械原料にも日本に適したものを選択する。工場の運営・管理についても等級別賃金とか出来高給も導入し、工場規則による管理、寄宿舎の設置なども取り入れるなどしている。結果初年度から黒字で配当できるようになる。この成功を受けて紡績会社・紡錘数は急増。日本の紡績業は大きく発展していく。
新しい制度・技術を導入するにあたり、日本に適応したものにするには周到な準備と試行錯誤が必要。渋沢はその大切さをよく理解し、プロモーターとしてリーダーシップを持って活動し、日本の工業化過程で大きな役割を果たしている。
それにしてもなぜ渋沢がそういう視点と行動力を持ったのだろうか。豪農の家に生まれ、徳川慶喜につかえ、西欧外遊もしていると言う経歴が唯一無二の立ち位置にあったのだろうか。
終わって帰りは名駅まで歩いて帰ったのですが、歩いているのは普段ほとんど出会わない若者ばかりでこんなところを老人が一人歩いていいのか気後れしてしまいます。